#06 ~ 万華の都
万華の都、帝都アレクハイム。
駅から出た俺は、眼前に広がる光景に、その言葉を現実のものとして認識することになった。
巨大な駅前広場の先、立ち並ぶ建物と、それを真っすぐに貫く四車線道路。さらにその先、少し霞がかって見える巨大かつ壮麗な帝城。
行き交う人の数も、車の数も、古都の比ではない。
「今は特別に人通りも多いんですよ。明日から双月祭本番ですから」
なるほど。駅前広場にも、無数の屋台が並んでいて、いかにも祭りという感じがする。
アイーゼさんなどは、さきほどからふらふらと匂いに誘われては、他のメンバーに止められているほどだ。
「先生。昼になると人ごみも増えます。今のうちに移動するべきかと」
「確かに。それじゃあ――」
ふと、駅から出てくる人ごみの中に、見覚えのある姿を見つけた。白い帽子を身に着けた、長く艶やかな黒髪の少女。
彼女もまた俺に気づき、白い帽子を外して頭を下げた。
俺もまた軽く会釈を返し――
「あれ。あの人、先生と密会してた人!」
ふと、横合いから、生徒の声が響いた。
格闘少女――フェイが、スミアさんを指さしている。
「密会て。いや、あのな……」
「えー! コソコソ会ってたじゃん!!」
うぐ、と言葉に詰まる。
いや別に、彼女に会いたくてクロのとこに行っていたわけじゃない。マジで。
ただ、事情を知らない人間からすればそう見えるだろうというのも納得だ。
「センセって意外に手が早いのねぇ」
そう言ってなぜかしなを作るミリーと、その後ろでニヤニヤとした顔で見る生徒たちに、かぶりを振る。
「お前らな。ホントに違――」
「……先生?」
ぞくり、と肌が泡立つ。
振り向くと、イリアさんが、なぜか笑顔で俺を見ていた。
なぜだろう。肌を冷や汗が流れ落ちる。
「さっ、行こうか! さっさと行かないと混んじゃうしな!!」
全員の視線が突き刺さるのを無視して、俺は歩き出した。
マジで違うから。君たち、そんな目で見るんじゃありません。
帝都の街並みは、意外にというべきか、日本に近い。
建築物はどれも高く、四階から五階建てが多い。建材も、煉瓦よりも鉄筋のほうが多いようで、古都も近代的ではあったが、それ以上に洗練されているように思えた。
お洒落なオープンテラスカフェや、恐らく映画のものだろう巨大なポスターもある。
何よりも、中央を走る四車線道路。行き交う車の数も、信号の数も多い。
ただ、雑踏の中に、武器……それも剣や槍といったものを持った人間も少なからずいる――服装は普通なのだが。
景色が近代的というだけあって、元日本人としては未だに違和感を感じざるをえない。
「でかっ……」
思わず、誰かの声が漏れる。
あるいはそれは、自分だったかもしれない。そう思えるほど同感だった。
俺たちが辿り着いたのは、天高く聳えるビル。恐らく二十階ぐらいある。この世界で見てきた建造物の中で一番高い。
高層ホテル『アバンシエル』。俺たちの泊まるホテルだ。
こんな立派なホテルに学生を泊めるか普通?
いや、生徒の大半が貴族の子弟と考えれば、これが普通なのか……?
「先生、早く行きましょう。止まっていては迷惑になりますから」
「あ、ああ」
小声で告げられたイリアさんの言葉に視線を下ろす。
何人かは驚いているが、その逆に、イリアさんを筆頭に平然とした顔をした生徒もいる。正直、この中だと俺が一番おのぼりさんかもしれない……。
ホテルのロビーで人数分のカードキーを受け渡し、三々五々に散っていく生徒たちを見送った後。残ったダニエル教官が、俺の肩を叩いた。
「それでは自分は、軍務に戻ります」
「了解しました。それではまた後で」
はい、と軽い敬礼で返し、ダニエル教官もまた去って行った。
「俺らも行くか、クロ」
「ワウッ」
手の中のカードキーを握りしめた俺に、クロが吠える。
ペットもOKでよかったよ、ほんとに。