災難
「君かっこいいね!どう?アイドルなんか目指してみない?」
「すみません。興味ないんで。」
若松壱矢は今日何回目かのスカウトを丁寧に断っていた。
日本人には珍しいブルーの瞳と銀色に光る長めの髪は英国人の母譲り。スラリとしなやかな体をシャツとジーンズでラフに着こなした姿は大人っぽく、とても高校生には見えない。
道行く人々が彼の美貌に目を奪われた。
(やばいっ遅刻だっ)
そんな事を知るよしもない壱矢は足早に目的地へと向かった。
「若松君遅いよっ」
「わっすみません」
ドアを開けた瞬間店長の怒声が響き渡る。
「もうっ忙しいんだら早く来てよねっ。ほら、さっさと着替えて手伝って」
「は、はいっ」
手早く制服に着替え店内へと急ぐ。
ここ、カフェ
「リーゼ」は俺のバイト先。店の内装がおしゃれでメニューもどれもおいしいから今や超人気のカフェとなっている。
「お!遅かったな若松」
この人は俺の同僚で先輩の志藤樹さん。モデルなみにかっこよくて、世話好きで優しい俺の憧れの先輩だ。
「早速店長に叱られちゃいましたよ」
「ははっ怖えーよなあ...おっと」
志藤さんの視線の先を追ってみると、すごい形相でこっちを睨んでいる店長が。
「お、俺料理運んできますね」
そそくさとその場を離れる。
「お待たせしました」
「きゃあっ若松さんよ」
「今日もかっこいい〜」
「...ありがとうございます」
お客さんはきっと俺の事をからかって言ってるんだろうけど、対応に困るよなあ。
「ねえ!私達も若松ファンクラブに入ろうよ!」
「あ!それいいね」
その黄色い声は壱矢の耳に届いていなかった。
---
「お疲れさまでしたー」
秋になったばかりの夕暮れはまだ蒸し暑く、ぬるい風が頬を撫でる。
「今日は何作ろっかな」
父さんまだ帰って来ないよなぁ?
壱矢の両親は中学生のときに離婚し、父親のほうに引き取られた。大手企業の社長で、外国に行くことが多いから家に帰って来るのは年に数回くらいだ。
ま、1人暮らしも気楽でいいけどね。
適当な食材を買ってスーパーを後にする。
「...ん?」
マンションの前に止まっている真黒なリムジンに目が止まる。
あの車って....
「壱矢あああっ!!!」
勢いよくドアを開け、険しい顔で飛び出してきた人物は
「うわっ父さん!??」
「急げっ今すぐ出発だ!!!」
「へぁ???」
「説明は後だっ早く乗れっ」
「ちょっちょっと!!!」
訳も分からず車に押し込まれた。
「出してくれ」
ものすごいスピードで道路を走りぬける。
「父さんっ一体何なんだよっ?」
「今からロギンス財閥の御曹司に会うんだ」
「ロギンス財閥??」
あの世界的有名な??
「それと俺になんの関係があるんだよ?」
「...............」
「父さん?」
いきなり黙り込んだ父さんに違和感を覚える。
「すまない壱矢っ」
「むぐっ!?」
父さんが俺の顔に布を押し当ててくる。
「な...に」
だんだん意識が遠のいていく。
「すまない、すまない壱矢」
情けない表情で謝り続ける父さんを最後に、俺はプッツリと意識を失ってしまった。
---
冷たい指先が頬をなでる感触がする。
「...ん」
夢か?
次に、唇にフニュっと柔らかいものが押し当てられ、俺は反射的に身を起こした。
「...誰っ!??」
俺の上に乗っかっているその人を凝視する。
なんて.........
綺麗な人だろう。
スッと切れ長に伸びた意志の強そうなエメラルド色の瞳。
高く整った上品な鼻梁。
色素の薄い艶めいた唇。
少し癖のある金色に輝く髪。
まるで西洋の王子様みたいで、俺は陶然とその人に見とれてしまった。
「私はノア・ロギンス」
どう見ても外国人なのに、流暢な日本語で少し驚く。
「ロギンス?」
そういえば、さっき父さんがロギンス財閥がどーとかって...
考えているうちにハっとする。
「ここどこ!?...とっ父さんは!?一体、何がどーなってんの!??」
その瞬間信じられない言葉に耳を疑った。
「ここはロサンゼルス。若松氏はある交換条件と引き換えにお前を私にくれた。今日からここで暮らすことになる。異論はないな?」
「.......」
異論はない
訳ないじゃんっ!!!!!
「わっ」
いきなり肩を強くつかまれ、柔らかいソファへと押し戻される。
「なななな何っ!?」
「お前、名前は?」
「...壱矢」
って、名のんな俺っ!
「壱矢...」
ロギンスは俺の名前を甘く囁く。
同時に潤んだ瞳で甘く見つめられて、俺は体が硬直してしまう。
「この日をずっと待っていた」
「へ?」
「やっと手に入れた」
吐息が頬をくすぐる。
やばい!そう思った時には遅く、俺は熱く口づけられてしまったのだった。