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箸はいりません。でも手で食べるわけではありません。

作者: 多田のぶ太

 もうこんな時間だ。これじゃ、夕食を作ってるヒマもないな。

 今日はやむを得ず、コンビニで弁当を買って帰ろう。


 ひと際明るく光る青い電飾看板。ウィーンと自動ドアが開くと「いらっしゃいませー」という、挨拶という名の掛け声が飛び交う。

 マモルは半ば諦めた表情でコンビニに足を踏み入れる。

 入口から真っすぐ進み、弁当が陳列されている棚まで脇見もせずに向かう。

 時間帯のせいか、陳列棚にはまばらに商品が並んでいるに過ぎない。弁当の選択肢が少ないということだ。それはマモルにとっては好都合だった。迷う時間も少なくて済むからだ。少ないながらも、どれにしようか見定めるマモル。何を食べたいか、どれが美味しそうか、栄養価はどうか、野菜不足にはならないか、そういうことを考えて見定めているわけではない。基本的に、廃棄するプラスチックの量が少ないものを選ぶ。それがマモルだ。


 普段はコンビニ弁当なんて買わないのだが。そもそも、駅から自宅までの徒歩で十数分の道の途中で、店内で飲食できる店があればそちらに行くのだが、残念ながらこのコンビニエンスストアしか無い。


 最近のコンビニ弁当は美味しいというのは知っている。だが、味は特に気にしない。栄養価は、健康でいるためには必要なことなので多少気にするが、もっとも重要視するのがゴミの量だ。

 様々な弁当が並ぶ棚を見ながら、溜息が出る。残り少なくはなってきているものの、全部売り切れるのだろうか。残った弁当は食品ロスとして廃棄処分されるのだろうか。自分が買うことで食品ロスが少しでも減るのは、まあ、来た甲斐があったというものだ。マモルはそう思った。

 シャケ弁当、チキンカツ弁当を横目でみながら、ナポリタンスパゲッティを取り上げる。よく見るとテープでプラスチック製のフォークが付いていた。

 なんでわざわざ付けるんだよ。使わない人にはゴミにしかならないだろうが。と思いながら、そっと棚に戻す。


 そしてマモルが手に取ったのはカツ丼だ。プラスチックの量的にも洗いやすさ的にもこれがベストだと思った。プラスチック容器は洗ってリサイクルさせなければならない。当然洗いやすさも大事な要素だ。

 一瞬、食べない、という選択肢もあるな、と思ったのだが、明日も仕事だし、体調を崩すわけにもいかないので、しっかり食べることに決めた。

 カツ丼一つ手に取り、レジに並ぶ。

 レジは二つあるが、もう一つのレジの前には”となりのレジをご利用ください”と書いた看板が立てられている。まぁ、客も少ないし、コンビニ定員も少人数なうえ多彩な業務に追われ忙しいのだろう。

 前の人の会計が速やかに終わった。次はマモルの番だ。にこやかに対応するコンビニ店員さん。名札には「下村」と書かれていた。学生アルバイトのように見えるが、テキパキとして業務には慣れている感じだ。髪は後ろで一つに結ってある。まぁ、かわいい感じの女の子だ。


「こちらの弁当、温めますか?」

と大きな目で聞いてくる。


「あ、はい」

とだけマモルは応えた。


 財布には小銭も入っていたので、お釣りが出ないようにお金を支払い、レシートを受け取った。

 会計を終えてから弁当を入れたレンジがチンというまで沈黙の時間だ。

 他にレジを待つ人もいない。何か話しかけたほうがいいのかと思ったが、生憎マモルには若くて可愛い女の子に対して声を掛ける術を持ち合わせていない。

「君、かわいいね、いくつなの?」いやいや、これじゃナンパだな。

「仕事、何時に終わるの?」いや、これもナンパだな。

「電話番号教えてよ」完全にナンパだ。

 あれ?何をしゃべってもナンパになるのか?

 そんなことを考えてしまうと、声を掛けることができなくなってしまう。これは今に始まったことではない。

 しかも、四十過ぎのオッサンに話しかけられても気持ち悪がられるだけだ。知ってる。だから何も言わないのだ。


 ちらっと店員の下村さんを見る。

 向こうはこちらを気に掛けている様子もなく、レンジの方をチラチラ見ているに過ぎない。まぁ、向こうは仕事なのだから、そんなもんだろう。

 自動ドアがウィーンと開く。下村さんは待ってましたとでもいうように「いらっしゃいませー」と声を張り上げる。下村さんも沈黙は好きではないのだろう。

 次の瞬間、チン、と音がした。下村さんもホッとした様子だ。マモルもようやく沈黙から抜け出せるとホッとした。


 温められたカツ丼を取り出すと、「袋はお持ちですか?」と声を掛けてきた。

 マモルは「いえ、袋はお餅ではないですよ」と冗談を言おうとしたが踏みとどまった。危ない。オヤジギャグだと引かれるところだった。

 レジ袋が有料化されるまでは、袋を持っているかどうかなんて聞かなかったなぁ、と時代の流れを感じた。

 「はい」とだけマモルは応えた。もちろん持っているさ、と心の中では叫んでいたマモル。誰よりも環境のことを考えているマモルにとっては、袋を持っているかの質問は愚問なのだ。レジ袋有料化される前からマイバッグを持ち歩いているのだから。だがそういう態度も露にすると人から嫌われるということも身をもって知らされているので、余計なことは言わないようにしているマモルだった。


 いつの間にか、カツ丼の上に、透明な袋に入れられた割りばしが置かれていた。

 それを見たマモルは

「あ、箸はいりません」

と箸を断る。


 すると、店員下村さんは両目を見開いて驚いた顔つきになったかと思うと、おもむろにカツ丼の蓋の上に手を当てて、


「熱いですよ」

と言ってきた。


 それはなんだ?蓋に手を当てて温度を確かめたのか?湯気が出ているから、確認しなくても熱いのは分かっている。


「いや、手で食べるわけじゃありませんので」


 マモルはそう答えた。熱い弁当を持ち帰って家で食べるのだ。箸は家にあるからそれを使えばいい。コンビニで温めたのは、すぐ食べたいからじゃなく、家のレンジでは火力が弱いから

時間がかかるためだ。あれ?レンジは電気で火は使わないから”火力”という表現は正しくないのか?まぁ、今はそんなことどうでもいい。手で食べることを想定して注意してくれたのだろうか。

 この可愛い店員はどういう意図で言ってきたのだろう。自分の回答は合っているのだろうか。いろんなことを考えて焦っているマモル。


 店員下村さんは、マモルの返答を受けて、さらに驚いた顔をした。

 そして不思議そうな顔をして、しぶしぶ箸を引っ込める。

 なぜそんなに不思議そうなのだ。箸も手も使わずに、犬みたいに直接がっつくとでも思ったのだろうか。それとも無料(ただ)でもらえる箸を断る意味が分からないのだろうか。

 コンビニを出るとき、「ありがとうございましたぁ」の声はあったが、「いらっしゃいませー」の時とはうって変わっての低いテンションだった。



 レジ袋のように、箸も有料化になればいいのに。

 そうすれば、無条件で箸を用意することもなくなるのに。家に帰ってから箸が入っていることに気付く人は後を絶たない。そんな箸の提供を当たり前と思っている店員と、使わずに捨てられる割りばしゴミをどう捉えているのかコンビニ側に聞いてみたい。マモルは自宅への帰り道、そんなことを考えながら歩を進めた。


 でも、まぁ、不思議そうな顔をしているときも可愛かったけどな。

 また弁当買いに行こうか。いやいや、それじゃまたゴミが増えることになる。それに、店員目当てに行くなんて、ヤバい奴じゃん。でも、可愛い子を見るだけでも気分的に抑揚するし作業効率も上がるかも。

 マモルは自問自答を繰り返していた。



 また来てしまった。

 今日も遅くなったから、仕方なく、だ。最近残業が続いてつらい。

 つらいのだが、何故かコンビニに寄ることを決めると足が軽くなった。不思議なもんだ。


 レジに並ぶ。自分の番だ。

 前回とは違い、太く低い声が響く。

 今日は下村さんがいないのか。レジ対応しているのは店長らしき年配の男性だった。

 がっくりと肩を落とす。さっきまでの足取りの軽さはなんだったのだろうか。疲れが倍になったような感覚だ。


 同じ時間帯だとしても、シフトを組まれるから同じ人がいるとは限らない。それくらいは知っているさ。


「箸はいりませんので」

 今日は箸を出される前に言ってやった。


「はい?」

 語尾が上がっている。いやいや、店長だったらわかるだろう。

「カレーライスは普通箸は使いませんからね」


 しまった。今日はカレーを選んだんだった。しかも、汚れが落ちにくいじゃないか。うっかりしてた。

「あ、いや、えっと、スプーンもいりませんので」


 スプーンの用意をしようとしていた店長の手が止まる。

「え?手で食べるんですか?」

 いやいやいや、おかしいでしょ。インド人じゃないんだから。どうなってんだこのコンビニは。この店長あってのあの店員か。


 スプーンやフォークも有料化になってほしい、マモルはそう思った。



読んでくださり、誠にありがとうございます。

マモルの話はシリーズ化の予定ですので、今後ともよろしくお願いします。


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