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6 さすがに逃げ出そうと思ったら、祈りの塔に監禁されました

 こんな生活が1ヶ月ほど続き、食事は朝晩の2回。勉強は楽しいけれど、日々そこに悪意があり、ろくに栄養も摂れていない今、私はもうさすがに逃げてもいいだろうと思っていた。家からは逃げ出せなかったが、もうあの家に戻ることはない。聖女という肩書きだけで縫いとめられている神殿から逃げ出そうとする方が、私にとってハードルが低かった。


 生まれてきてよかったことなんて、何にもなかった。そう思ってしまうし、もはや誰と比べるまでも無く、私は私に向けられる悪意に辟易している。


 まともな食事を摂っておらず、睡眠時間も短い中、授業に集中するのも難しい。先日、初めて鞭で叩かれてからは、それが当たり前になった。


 手の甲を鞭で叩く。傷は一瞬で治る。私は痛い思いをしているのに、それが気に入らないのか見えない背中を鞭で何度も打たれる。疲労と栄養失調でボロボロの私の背中に熱が何度も走り、すぐに治る。


 神官服はもともと質素な布で出来ている。とうとう、服が破けて肌を晒した。服の上からでも痛い鞭打ちを何十回も受けて、それでも私はこの大神官から何かを学ばなきゃいけないのだろうか?


 治ればいいというものではない。図書室から自室に戻る時、晒されたままの肌には金の刺青が入った綺麗な肌だったが、栄養が足りてないせいで骨が浮いているのが分かる。隙間風が寒い。


 もう、これ以上耐えることはできない。


(逃げよう……、刺青は泥と垢で隠して、ボロ布を被って……)


 なんとかゴミを漁って暮らそう。かびたパンでも、お腹いっぱいに食べられるならいい。


 悪意も、もうたくさんだ。聖女だからか、鞭で打たれてもその痕はすぐに消える。そもそも、この仕打ちを訴えるべき高位の神官が私を鞭で打っている。いじめなんて可愛いものだ。跡の残らない体罰はそんなに気持ちいいものなのかな? 私は誰かを害そうと思ったことがないので分からない。


 神の嫁とは何なのか。こんな人たちの為に、豊穣と平和を祈るのか。


 元々細い方ではあったけれど、痩せた腕は骨が浮いている。肋も浮いてきた。


 死ぬんじゃないかな。冷静な私の頭はその結論を出してから、ずっと死について考えている。


 そんな気持ちでいっぱいになったら、私は意外と生き汚く、逃げる事に躊躇わなかった。


 皆が寝静まった深夜、大聖堂の扉は常に開かれている。神殿と居住区から大聖堂へ繋がる鍵は、朝の仕事があるので持っている。


 私はこっそりと大聖堂に入り、そこから堂々と街中へと逃げ出そうとした。そっと戸を開け、暗い中に滑るようにして身体を外に出した。


 なのに、なぜ、松明を持った兵士が聖堂前にいるの?


「やはり逃げる気だったか!」

「捕まえろ! さっさと祈りの塔へ閉じ込めてしまえ!」

「大神官から様子がおかしいと聞いて張っていて正解だった。聖女を逃すな!」


「いやぁぁぁぁあああ!」


 兵士たちの怒号に、構えられた武器。痩せ細った私の体を抱えて彼らは神殿の奥、祈りの塔へ向かう。


 私は叫んでもがくも、そのまま祈りの塔に閉じ込められた。その道案内は、教師をしていた大神官がした。


 全て、目論み通りということなのか。


 祈りの塔の階段は今の私では自力で登ることが難しかっただろう。螺旋状の階段の一番上に、信じられない部屋があった。


 いや、これは部屋ではない。聖女とは人から外れた存在。だからといって、これはあまりの仕打ちではないだろうか。


 私はご飯も食べるし、当然排泄もする。雨に打たれれば冷たいし、季節によっては風も冷たい。


 そこにあったのは、細かい鉄柵で作られた鳥籠のような場所。広さは十分にあるが、広いだけで何もない。階下へ続く階段は、私をあの聖女の服と共にこの籠の中に放り出した後、内側から閉められた。


 壁も屋根もない、布団もない、石畳だけがある。着替えも聖女の服一枚。食事も無いらしい。


 まさか、と思った。聖女とは、一体何だと言うのだろう。


 人間より上の存在として位置してはいるが、これは人間以下の扱いでは無いだろうか。


 私の仕事は、この国の豊穣と平和のために祈ること。


 生きている間、実家には年金が入る。だが、私はこの環境で、ご飯もなくトイレもなく、プライバシーも眠るための布団も、壁も屋根も無い高い塔の最上階で。


 後どのくらい私は生きられるのだろうか。もしかして、誰かが聖女が死んだ、と確認するまでは生きてる事になるのかな。


 そしたら、この扉を開けさえしなければ、私は生きているという事にされてしまう。次の聖女が顕現するまで。


 つまり、聖女とは生贄ということだ。神への。ここには私を生かすためのものが何一つない。


(神様……、私の何がいけなかったのでしょうか……)


 緩やかに死を待つ事になる事を悟った私は、手を合わせて神様に祈った。


 教えられた作法なんて知らない。あんなの本当かどうかもわからない。


 私を虐め、鞭で打ち、兵士に捕らえさせる。


 それが、民に施しと慈悲を与える神官のやること。


 ならば、聖女が国のために祈るとされている事を、聖女が全うする義理もない。


 私は、国のためではなく、私のために祈る事を決めた。

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