4 私は神殿で花嫁修行に入りました
家族とヴィル殿下に見送られながら……ヴェロニカは涙まで流して……私は神殿の迎えの馬車を前に振り返る。
あまりの白々しさになんの感情も浮かばない私は、無表情のまま一礼して馬車に乗り込んだ。かける言葉など無かったし、あちらも心の中では私のことを追い出せて清々しているのがわかる。一言も無く、私は18年を過ごした家を後にした。
神の嫁になるので、全ての私物は置いて、まっさらな私で向かう事になっている。服も昨日と同じ物、これが神へ嫁ぐウエディングドレスだとしたら、確かにふさわしいかもしれない。この家で使った物など何の思い入れも無いし、この服は両親に用意された物でも無い。国から出た金で作られた服だ。神殿についたら神官服に着替えて神官として暫くを過ごす。
私の身体中に刻まれた金色の刺青は、生まれた時からそうあったように身体に馴染み、何の違和感もない。馬車の中で手の甲の綺麗な模様を眺めていたら、それだけで大聖堂へ到着した。貴族街の中でも王宮に近い場所にあり、我が家は腐っても高位貴族だ。ご近所さんである。
貴族街の中心にある大聖堂。この中の神殿、更に奥まったところにある祈りの塔で、私は最終的に暮らす事になる。一生だ。もう、この街を歩くことはない。
まずは大聖堂にて祈りを捧げ、奥の神殿に着くと薬湯で沐浴をした後、肌の出ない神官服に着替えた。
私は聖女なので、身分としては大神官や国王よりも上となる。聖女は人間の枠を外れて神に近いものとされているからだ。だからこその神の嫁であり、さしずめ神官として過ごすのは花嫁修行といったところだろう。ここで私は神学というものを学ぶ。
とはいえ、神学は神殿の秘学。祈りの塔へ向かう前に、数ヶ月から半年をかけて神学を学ぶと説明された。他の神官に混ざっての生活ということで、私は狭いながらも個室と着替えを与えられた。屋根裏部屋よりは過ごしやすそうだし、ここでは新人で間違い無いので末席も苦では無い。まだ聖女に至っていないのだから、私はこれらの対応に何の不満もなく、案内してくれた初老の神官にお礼を言った。
一人になって部屋を色々と見て回る。部屋の中には神官服が数着と下着、タオル、薬湯による沐浴は毎日代わる代わる行われ、私は新人なので一番最後に入り浴場を清めて最後に眠るらしい。
そして一番早く起きて大聖堂の100以上はある蝋燭に火を灯すのが最初の仕事。鍵も渡されたので、無くさないように神官服のポケットに入れてある。
何の不思議もなくそれを受け入れて、今日は休むようにと言われて狭いベッドに転がった。机と椅子、ペンとインクとノートもある。朝から何も食べていないのでお腹が空いたが、これも体の中の物は全て置いていく必要があるからだそうだ。
聖女になって家を離れられたことはよかったが、なかなか楽には暮らせないものだなぁ、などと笑ってしまう。環境は格段に良くなったけれど。
屋根裏部屋よりも余程居心地がいい。床にはニスが塗られてささくれもなく、軋まない。布団もちゃんと柔らかいし、私はそのまま早くに眠って、朝陽が昇る前に起きた。
一人の身支度は手慣れたものだし、ドレスよりずっと脱ぎ着しやすい。化粧も必要無い。髪をまとめて頭巾を被る。
言われた通りまだ薄暗い中、誰もいない廊下を歩き、大聖堂の蝋燭に火をつけて回った。
(あら……、よく考えたら、貴族の令嬢って普通は耐えられないんじゃないかしら?)
誰かの手を借りなければ服も着れないのが当たり前、残り湯での入浴も、もしかしたらあの部屋も、普通の令嬢なら耐えられまい。
まして、日が昇る前に起きて仕事をする。私は受け入れてしまったし、できてしまったけど、……これ、侯爵令嬢に対する扱いとしてはかなり不当だ。
私が仕事を終えて部屋に戻ろうとすると、大きな声が聞こえてきた。そっと影からその様子を伺う。私の部屋の前だ。
神様、私はあなたの嫁に選ばれたはずです。なのに何故こうも……試練ばかりが襲い来るんですか。