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29 旦那様は7日間戻らなかった

 一体どこに行ったのか、旦那様は暫く戻って無かった。今日で6日目、私は部屋に行くのも躊躇われて、ずっと祈りの塔の上で過ごしている。


 食べ物を出すのには困らなかった。神官の祈りに応えるのにも困らなかった。


 世界中が神に祈っている。旦那様に、あらゆる時間、あらゆる局面で。


 『少し』力を渡して行くと言っていたけれど、こんなに力を使いながら、普段は私と雑談をし、冗談を言い合い、昼寝をして、のんびりと過ごしている。


 私も特に困っている訳では無い。寄せられるのが悪意では無いからだろうか。旦那様の力を借りて代行することで、旦那様を少しでも知れるのが嬉しい。


 そういえば、神の名を呼ぶことは許されない、として、今まで旦那様を名前で呼んだことがなかった。


 文字では知っている。書き記されているけれど、あの旦那様の名前なのだろうか?


 神の姿は全て一緒だと言っていたけれど、名前もそうなのかな。帰ってきたら聞いてみよう。


 しかし、こんなに長いこと一人で過ごすのは、生まれて初めてかもしれない。


 常に誰かの声は聞こえてくるし、その誰かに力を貸しているのに、私は今、孤独を感じている。


 でもこの孤独は嫌じゃない。帰ってくる人がいて、その人を待つ孤独。これは、少し、くすぐったい気持ちだ。寂しいけれど、嫌じゃないだなんて変な感じ。


 家にいたときは孤独だったなと思う。神殿でも。


 人間が孤独を感じるのは、もしかしたら、悪意をもって居ないものとして扱われる時。


 尊重されない時なのかもしれない。


 誰もいない草原の真っただ中に置いて行かれても、誰も寄り付かない家に一人で暮らしていても、もしそこに帰ってくる誰かがいるならば、それは寂しいものじゃないかもしれない。もしくは、過去そこに誰かが居たのなら、その思い出が埋めてくれるのかもしれない。


 いてもいなくても一緒、いるなら機械的に命ぜられたことを淡々と、粛々とこなすことを求められる。


 私の意思など関係ない。人がいるのに、声が出せて同じ言葉で話せるのに、聞く耳は持たれず、同じように私が聞くのを止めれば罰を与える。


 旦那様、私は寂しかったのかもしれません。孤独であることに気付かない程孤独だった。


 それは無私と旦那様は呼びましたね。でも、私は、ここで旦那様と過ごすようになって無私ではなくなりました。


 欲深くなりました。あなたを手放せなくなりました。今も、たった数日なのにあなたとの思い出をなぞるようにして帰りを待っています。


 旦那様の定位置の長椅子に腰掛けて、思い切って横になってみた。


 いつも日向のいい香りがする旦那様の香りが、少しだけする。旦那様の事ばかり考えている。


 旦那様もこうなのかしら。誰かの声に応え続けながら、いつも私の事を考えてくれているのかな。


 私も飛んでいければいいのに……、そう考えているうちに、旦那様の残り香に安心して眠ってしまった。


 私の身体からは、無意識に力の糸が伸びている。旦那様を繋ぎ止める時に祈った時のように、一人で過ごす時間で神経が研ぎ澄まされている。


 それでも瞼は落ち、意識が一瞬ふとなくなったような気がして、次に目が覚めたらそこには旦那様がいた。


「ただいま、アナスタシア。よく眠れた?」


「旦那様……、あの、私、旦那様にお尋ねしたいことが……」


「うん。俺の名前でしょう? 俺の名前は無いよ、違う神の名前。もうとっくに力に還って、居なくなった名前だ。アナスタシアが名前が欲しいと思うなら、つけて」


 7日ぶりに見る旦那様に、私は感極まってしまった。


 名前は本当はどうでもいい。私の旦那様は旦那様だけだから、何も困らない。


「旦那様、おかえりなさい」


 寝ぼけていた頭がはっきりして、私は目の前にしゃがむ旦那様に抱き着いた。日向の匂いの他に……濃い緑の、樹の匂いがする。嗅いだことのない樹の匂いだが、ほのかに香ばしくて甘い匂い。


「アナスタシア、全ての命に、何を誓う?」


「私と旦那様が幸せに暮らす事を」


 旦那様は嬉しそうに……それはそれは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、結婚式をしよう」


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