28 贅沢な嫁になった(※神視点)
全く面白いものだ。力を少し預けてきたけれど、結婚式がしたい、と言うとは思わなかった。
それも、全ての命に誓って、だそうだ。何をかといえば、俺と、アナスタシアの、愛を。
病む事も貧しくなることもない、健やかであり常に豊かである。そんな中で、アナスタシアは実に謙虚で慎ましやかだ。人の子が読むような本を好み、なんてことの無い雑談に笑ってくれる。
俺は、アナスタシアの無私に興味があった。最初はそう。
廃人になった者どもはアナスタシアの特異性に気付いていなかった。馬鹿な奴らだ。
人は腹が減ったら飯を求め、眠くなったら眠り、体調が悪ければ休む。全ては生きる為だ。
アナスタシアは許されていなかった。何からかといえば、もはや環境と言った方がいいだろう。
それでも生きていた。しかし、生きてもいなかった。死にたがっていたわけでもないが、あそこまで自分を殺して……いや、無くして人は生きられるのかと、驚いた瞬間に俺の意識が芽生えた。
助けてやりたくて、聖女にした。聖女になれば、あの不義理な元婚約者と結婚する必要は無くなる。
俺の方が幸せにしてやれる……今思えば、助けたいだとか、幸せにしたいだとか、もうとっくにアナスタシアが好きだったのだ。
しかし、聖女にしたらしたで、また虐められている。なぜだ、なぜ彼女の無私が誰にも分からない?
神のように見通す目がなければ、そんなにアナスタシアの事が目に入らないというのだろうか。それとも、アナスタシアが大きすぎて本能的に妬いていたのだろうか。
彼女は大きい。自覚が無いようだが、人の枠を超えている。大きすぎて、逆にアナスタシアは存在するだけで人を圧倒してしまう。人の悪意に晒されている事に今は耐えがたい苦痛を感じるようだが、それは全てアナスタシアが大きいからだと、俺は一緒に暮らして理解した。
今は祈りの塔に一人残してきたが、少し置いて来たという俺の力は、10分の1程度。本来ならあの塔で俺が神官の祈りに応えて流す力を、アナスタシアはいとも簡単にやっている事が、力を渡したことで伝わってくる。
大きい存在とは怖いものらしい。体の大きさではない、心……精神……魂? 魂の大きさだ。
雲の上を鳥よりも早く飛びながら、ずっとアナスタシアの事を考えている。
最近、欲が芽生えた。アナスタシアは俺の影響を受けている。幸せになると、人はそれを手放したくなくなるようだが、お陰で俺は現世に留まれた。
通常の人間ならば『脳が焼き切れる』はずなのだ、神の存在証明という物は。
アナスタシアの無私、それは、どこまでも広く広大な凪いだ海のごとし。
そこに欲が芽生えた。時に荒波のように、時に渦潮のように、神である俺ですらもっていかれる。
「最高だアナスタシア! 俺はお前と幸せになりたい! 結婚しよう! だから、待っていてくれ、全ての命の輪廻の先にある物で誓いを立てるために!」
自然と叫んでいた。アナスタシアへの愛を、アナスタシアへの敬意を、尊敬を。
『俺』はまだ生まれて間もない。アナスタシアは欲が生まれて間もない。
まだまだ永い時を一緒に生きよう、幸せでいよう。
だから、少しの間待っててくれ。アナスタシア。永遠を誓うのにふさわしい指輪を持って帰るから。




