27 結婚式が先
冷静になって考えてみると、旦那様との生活は満たされすぎていて、旦那様がいるなら私は幸せだ。
ゆっくり……出来ているし、緑もあるし、日々常春の祈りの塔の上は小鳥が飛んでくることもあって癒されている。
退屈な事もなければ、美味しいものも食べているし、——何より誰の悪意にも晒されていないという状態が心地良すぎて、あまり人里に降りたくもない。
「困りました……」
「何が?」
「旦那様とここに居るのが、一番幸せでゆっくりできるので……、新婚旅行と言われても思い付かなくて」
私の答えに、旦那様の方が目を見開いた。あまり驚いたりしない旦那様が驚くようなこと、何か言ったかな。
にんまりと笑った旦那様は、私の隣に座ると、今日は流したままの髪のまま私の肩に頭を乗せる。この位の距離感を嬉しいと思ってしまう。
「そっかぁ〜……アナスタシアは俺とここにいるのがしあわせかぁ」
「はい、とっても」
「ふーん……」
嬉しそうに言う旦那様の頭に手を回して、その長い髪を撫でながら乗せられた頭頂に唇を寄せる。
紅がつかないようにそっと。大好きですよ、と。
あの、本気を出した旦那様を見た時から、私は少しおかしい。
旦那様のことを誰にも渡したくない。見せたくない。そばにいて欲しい。そんな気持ちでいっぱいになっている。
独占欲、と名前がつくものだろう。私は全く、そんな感情を抱くようなことはなかったのに……、はしたないと思われていないだろうか。
この方を失いたくない。私の力の原動力はそれ。この方とまだずっと一緒にいたい。まだ、違う存在としてこの世に存在していたい。
同時に、溶けるように一緒になりたいとも思う。
「アナスタシア……」
「はい?」
「あのね、こんな風に触れていると、その……君の考えていることは大体筒抜けで……俺まで照れてしまうんだけど」
「?!」
よく見ると旦那様の顔が赤い。私もこの灌木の実のように真っ赤な顔をしているだろう。
ずっと一緒にいたいけれど、消えてしまいたい。聖女と神というのもなかなか不便だ。隠し事が難しい。
でも、旦那様と一緒にここにいる幸せは確かなもので……、私はどうしようもなくなって、変な結論を出してしまった。
「あの……、結婚式をしません、かっ?!」
声が裏返ったり跳ねたりしてしまった。
私はここに至って祈る事で神に嫁入りした。私たちは夫婦だと自覚もしているし、いまさら式だなんてどうかしてるかもしれない。
でも、あんな悲壮な出会い方をして、ちゃんと幸せを誓い合っていないのは、なんだか嫌だ。新婚旅行の前に、私は結婚式がしたくなった。
「いいよぉ。でも、何に誓うの?」
それもそうだ。普通、神の前で誓いを立てるのに、その神は旦那様だ。
私は少しだけ間を置いたが、口から自然と言葉が溢れてきた。
「全ての、命に」
「すべての?」
「はい。消えては生まれてくる、命。旦那様が加護を与える、命に、誓って」
「……全部いなくなるまで現世にいるつもり?」
怪訝そうな旦那様に私は笑ってしまった。
「それは、分かりません。旦那様と溶け合ってしまいたくなったら、一緒に旦那様の元の場所に帰ります」
それがいつになるかは分からない。
だけど、私の触れている神は人の時に祈った神とは違う。私の旦那様、私が手放せないお方。
「アナスタシア、ずいぶん欲深くなったね。いや、俺はそんな君が好きだけど」
「私も、旦那様が大好きです」
「……少しだけ、留守番をしていてくれる? ちょっとだけアナスタシアに力を渡していくから」
「どこか行かれるんですか?」
旦那様は目を閉じて微笑む。
「うん、ちょっと、結婚指輪を創ってくる」




