26 新婚旅行の相談
「どこか行きたいところはない? アナスタシア」
「行きたい所、ですか?」
突然の旦那様の質問に、びっくりして固まってしまった。
今は旦那様が出してくれた本を読んでいた。生家では物語とは無縁だったし、神殿でも勉強ばかりで物語を読んだことがなかったのだ。
旦那様にそれを話したら、読んでみる?と何冊か出してくれた。今は、砂漠の盗賊の話を読んでいる。
「……砂漠に行ってみたいです」
「砂漠に? えぇと……砂しか無いよ?」
「ラクダという生き物と、オアシスという所が見てみたくなりまして……」
膝に乗せた本の表紙を撫でながら言う。物語の中に出てきたのは、背中に大きな瘤のある首の細い馬、と表現された生き物と、砂山の中に現れる緑と水で育まれた恵みのオアシス、という表現だ。
頭の中で想像してみたけれど、絵姿のない本なのでいまいち実感がない。
どうせなら、鏡で見せてもらうより実際に見てみたい気がする。
「そっかぁ。うーん、他には?」
「ほか……ですか。うーん……そうですね……」
これの前に読んでいた、人魚と人間の悲恋の物語も気になる。
「海、ですかね……、人魚っているんでしょうか?」
「あー……、分かった。アナスタシア、本の中の世界に行ってみたいんじゃない?」
「バレました? ふふ、そうなんです。現実というよりも、この物語に出てくる場所が見てみたくなって」
物語を読んでこなかったからか、私の想像力は実に乏しい。いまいちピンとこない描写も多いのだ。
例えば、口が聞けないとはいえ人間の姿になった人魚の女の子が、ほかの女性に手柄も愛した人も盗られる……そこに努力する価値は無かったのか、泡になる前に打ち明けられなかったのか。なんて、考えてしまう。
旦那様の事は大好き。この方の事を……誰にも渡したくないと私は思う。その為に出来る事ならなんでもしたい。
自分の中に湧いてきた欲望と、物語の中の心の動きが重ならない。だから、せめて場所を見たり、触れ合ったりすれば何か分かるかもしれない、なんて考えたのだ。
「それは今度連れて行ってあげる。砂漠とか人魚のいる海とか、危険な所じゃなくてさ。俺とゆっくりしたい所」
「旦那様とゆっくり……」
「そう。だってこれ、新婚旅行の相談だから」
私は再度目を丸くした。
新婚旅行。まさか、神と聖女でもそんな事をするのかと思った。
とはいえ、せっかく誘ってくれている。私は少し時間を貰って、ゆっくり考えることにした。
新婚旅行という事は、……つまりは同じ寝所で寝るという事で。自分の考えに顔が熱くなる。
旦那様はそこまで考えていらっしゃらない、と首を横に振った。
読書のお供に出してもらった、無限に湧き出てくるアイスティーのようなものを一息に飲めるだけ飲んで、私は邪な考えを振り払った。