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24 旦那様のお仕事

「それじゃあかっこいい所見せちゃおっかな!」


 旦那様が張り切って立ち上がる。


 出会った時から、私にとっての旦那様は優しくて、かっこよくて、素敵な方だったけれども、これ程張り切るような事を何かするのだろうか。


 今まで一瞬で魔法のように行っていた奇跡や神罰とは違う何かを。


「私にお手伝いできることはありますか?」


「強く願っていて。アナスタシアの願いが、俺をここに留めることになる」


「分かりました。……お辛い事を申し上げましたね」


「ううん」


 私の沈んだ呟きに、旦那様が笑って首を振る。


 笑顔で私を見つめている。眩しいくらい、神様だ。


「今からやるのは、俺が肉体を得る前にあった力というものを変容させること。自分の一部を変えること。だから、アナスタシアが願っていてくれないと俺は力に引っ張られる。アナスタシアの願いを叶えることが、俺の幸せ。……アナスタシアは無私だった。今は欲がある。どっちが幸せ?」


「今です」


「俺もだよ」


 そう言って旦那様は、鳥籠をすり抜けるようにして上空に飛び上がった。鳥籠の中と外では、何かが違う。同じにもできるが、ここは旦那様に守られている私たちの家だ。


 そして、嵐は家の外からくる。


 ゆった髪が風にたなびいて組紐が飛んでいく。広がる白金の絹の髪が、まるで宗教画で見た羽根のようで。


 神々しい、本物の神様の奇跡が今から行われる。


 私は手を組んで旦那様を見上げた。


 あの神様は、私の旦那様だ。私と幸せになると言って譲らない、旦那様。


 もう、意思のない力の中になんて返してあげる気はない。


「いいねぇ……、アナスタシア、そうやって欲張って。俺を、俺でいさせて」


「えぇ、旦那様は、私の旦那様です」


「ふっふ、うん。俺はアナスタシアの夫だ」


 楽しげに笑ったのはそこまでだった。


 旦那様が片腕を前に伸ばす。私には見えないが、きっとそこに嵐があるのだろう。嵐の種、予兆、未来に生まれてくる自然現象、災害。


「『人に災う天災よ、その天に立つ神の意思によって運命を捻じ曲げる。人が抗う術を得るまで、猛威を振るう事を許さぬ。生まれた意思として命じる、人に耐えられぬ試練を与えること叶わぬと』」


 旦那様の声が、三重にも五重にも重なって聞こえる。


 知らない旦那様がそこにいた。


 これは神だ。だが、私の夫であることに違いはない。


 旦那様、どうか私の元に。私の願いを聞き届けて、私と幸せに暮らすために、戻ってきて。


 どこにも、行かないで!


「いいねぇ……、アナスタシア、そのまま願い続けて」


 旦那様はそう呟くと、いよいよ人の言葉ではないものを発した。声? 咆哮? 歌? どれでもあって、どれでもない。何重にも重なる音、広がりはためく髪、そして私と旦那様の刺青が光る。


 自分の一部を変容させる、その難しさは、少しだけ知っている。


 熱があって胃がわるくても、ちゃんと食事を摂る。病人食でもないし、栄養を摂らなければいけないからでもない。体面のために。


 自分の体を意思で無理やり動かす辛さを知っている。きっとその比ではないだろうけれど、私は旦那様に願う。


 嵐を消して戻ってきて、私の元に帰ってきて、抱きしめて労ってたくさん褒めて、私がされたかった全部を旦那様にしたいの。


(旦那様を、返して……!)


 絶対に持って行かせない、という意思で旦那様に願い続けること1時間だろうか。


 はらりと髪が落ちて、すぅ、と体の力が抜けた旦那様が落ちてくる。


 浮いてる間に長椅子の上に引き寄せ、膝枕をして目を閉じている旦那様の頰を撫でる。


「ちゃんと……できたよ。かっこよかった……?」


「はい、とっても。愛しています、旦那様」


 涙目で応えると、疲れ切った旦那様が少し笑って目を閉じた。


 起きるまで、頭を撫でていよう。ありがとうございます、旦那様。

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