22 起きた人たちの末路
王宮に、王子と神官と貴族が眠っている部屋がある。
神の言った事だ。19日間瞳孔を開いたまま眠っていた彼らの肉体は、衰弱する事も不潔になる事もなく眠っていた。そのまま時が止まってしまったかのように。
「うわぁぁぁぁあ!!」
「いやぁぁぁあ!!」
「やめてぇええ!!」
「あぁあああ!!」
唐突に悲鳴をあげて起き上がったのを鏡の中に見て、私は「あぁ、起きたんだな」と覗き込んだ。
城の使用人や騎士に混ざって国王まで駆けつけている。
私の人生を追体験した彼らは、たった19日の間にひどく老け込んだような気がした。
口々にお許しください、すまなかったと後悔の念を口にしている。父も母も妹も、神官も、王子も。なぜだろう? 私には、その理由がいまいち掴めなかった。
だって彼らは私に対して行った事を、認識していたはずだ。何にそこまで怯える必要があるのか、私には分からない。私はこうして生きているし、旦那様といて幸せになった。それまでの人生を台無しにされたことは、もはやどうでもよくなっていた。
「アナスタシアが普通じゃないと、やっと理解できたようだ」
「普通じゃない? ですか? 私」
「普通はね、途中で生きるのを投げ出したくなるんだよ。彼らは彼らの意識を持ったまま、アナスタシアの人生を追体験した。アナスタシアの感情や心の動き、与えられた言葉、痛み、裏切り、全部をね。日付にしたら19日だけど、お腹の中にいる時からの19年を味わって……もうダメだろうね。精神が壊れてる」
私はこんなに健康なのに? と不思議に思ったが、鏡の中の彼らは頭を抱えながら何かをぶつぶつと唱えている。
神罰を受けて、それでなお私を恨んでいた人たちはそこにはいない。私の人生が罰だなんて皮肉だな、と思いながら、彼らの様子を見ていたが、旦那様は鏡を消してしまった。
もう見る必要はない、という事だろうか。
「彼らが何に怯えているのか教えようか。アナスタシア……、君は無私の人だった。けれどね、欲がある人は君の人生に耐えられないんだよ。自分の要求が通らずに理不尽を与えられることに、耐え続けることができない。どこかで恨み、恐怖し、逃げようとする。しかしそれは許されなかった、君は耐えてしまったから、彼らの意思は逃げられずにずっと耐え続けるしかなくなった。……耐えられなかったんだろうね、彼らの自我は崩壊した。やった方は、あんな事くらいで、と思っていたんだろうけど……、それも消えた。魂にこびりついていた君への不満が消えた。……やりすぎたと俺を怒る?」
旦那様の言ったことをそのまま受け止めるなら、つまりは私が耐えられていたのだからそんな大した事じゃないと思っていたと。
それを、私が聖女になってからもずっと思っていて『あんな神罰をくださせるなんて酷い人間だ、聖女じゃない』と思う心があったと。
それに腹が立った旦那様が、私の人生を追体験させたら、自我が壊れた……どう考えても自業自得だし、まぁ皆さんそれぞれ違う時にやった事、自分がやった事じゃない事まで体感させられたのは可哀想だけど……私からしたら知ったこっちゃない、としか。
「何も怒ることは無いです。彼らは私にした事を想像する必要すら感じずに、私を恨んでいたので。理解してくれたなら私は嬉しいです。——自我が崩壊する程酷いことをされてきたのだとは思ってもいませんでしたが」
旦那様の隣に座って肩に頭を寄せる。私の人生はいったいなんだったのか、と思った。確かに思ったが、私はこうしてたった一人の旦那様と幸せにやっている。
彼らは自我が崩壊したのだという。ならば、それは後は国王が面倒を見ればいい。人の営みは人が行えばいいと思っている。国王は、よく寝てちゃんと治世を行い始めたようだし。
「旦那様、神官の声はもううるさく無いですか?」
「あぁ、ちゃんと国王に言ったから。ちゃんとした神官を迎え入れるようにって」
「よかった。これでまた、大聖堂が開かれて救われる人が増えますね」
私が素直に喜ぶと、旦那様が頭を撫でる。祈りの声がうるさい、と言うのも、大概辛いことだろう。
私は結局、人であった時に過ごしたこの国を捨てられはしない。平和であってほしいと思う。豊かであってほしいと思う。
「旦那様、私、聖女として祈っていいですか?」
「いいよぉ。俺も、アナスタシアの事にケリがついたから、もう何にも不満はないし」
大量の廃人を作ってしまったのはいささか申し訳ない気もするが、旦那様はちゃんと手順を踏んだし、私だっていつまでも恨まれるのはごめん被りたい。
だって何も、私はしてないのだし。
私が耐えて生きてきた、それが罰になるのが、本当によく分からないけれど……、他人にした事なんて、誰でも本当はよく分からないのかもしれない。
鈍感でなければ、人間は生きるのが辛いのだろう。だけど、恨まれる理由はないから……、これでよかった。
うん、私の中には黒い私と白い私がいる。実はちょっと清々した。
私の人生は、この旦那様と幸せにあるためにあったのだろう。
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