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18 神を誤解する人たち

明日の更新は夕方以降になります。

 神罰を止めて2日目。旦那様の鏡で、それぞれの様子を見ていると、丸一日異変が起こらなかった事を、戸惑いながらも喜んでいた。許された、と思ったのだろう。


 食べ物を……スープを前にして諦観と共に口に運んだ神官たちは久しぶりの味のある物をゆっくりと飲み、感嘆の声を発せた事を泣いて喜んだ。


 自分の体が激痛に苛まれることも、下腹部に肉塊を詰め込まれることも、太ることもない家族だった人たちも、異変がなかった事に涙を流して安堵していた。


 発散できない性欲に凶暴性を増していたヴィル殿下は……一人ベッドの上で朝から雄叫びを上げた。まぁここは、ちょっと見苦しいのでちらっと見ただけ。音声もカットだ。


 国王の元に彼らは集まった。神罰は終わったと、神官が感謝の祈りを捧げると、旦那様は耳障りなのか顔をしかめる。


「感謝するならアナスタシアにしろ。コイツら、全然わかってないぞ? 本当に大丈夫か、アナスタシア」


「まぁ……元々私のことなど目の上のたんこぶのように思っていた方々ですから。すぐには私に思い至らないでしょうし……私の予想だと、私を恨む人の方が多いとは思っています」


 塔の天辺にある入り口は、私が閉じ込められてから一度たりともノックされる事も、解錠される事もなかった。


 皆自分のことで精一杯だったのだろう。今となっては顔を合わせるのも本当ならば面倒だが、彼らが少しでも私にした事を悔いるなら、旦那様にお願いして神罰はもういいです、と言おうと思っていた。


 当たり前だが、そううまく事は進まない。


 私もそうだが、人間とは不思議な物だ。


 喉元過ぎれば熱さを忘れる、とは言うけれど、私にした仕打ちを忘れて、国王に「あれは聖女ではない」「神ではなく邪神だ」と訴えはじめた。


 私のことは別にいいのだけど、恩恵に与ったり神罰が下ったりしたからといって、旦那様を善悪に分けようとするのは、烏滸がましいことだ。


 神が意識を持ったら、もうそれは神では無いとでも言うつもりだろうか。自分たちの都合の良い事を起こす神だけが、信奉されるべきだとでも?


 私が静かに怒っていると、旦那様は呆れ声で尋ねてきた。


「……なぁ、アナスタシア。人間とはこういうものなのか?」


「こういうものです、旦那様」


「馬鹿らしくなってきたぞ。コイツらを許してどうなる?」


「少なくとも、民草は救われます」


「お前一人を虐げていた奴らが、本気で民の事を考えているなら、いくらでもやりようはあるだろう。アナスタシアが祈るなら、俺が救われない民に食糧と家を与え、傷と病を癒やし、救ってやるのに」


「あら、それはいけません。私は人の営みから外れましたが、人は自らで生きていかねば永遠に怠惰を貪ります。あの人たちのように、与えられることに慣れた民が感謝を忘れる日も近いでしょう」


「…………面倒なものだな。アナスタシアにはそう思わないのに」


 私は思わずクスクスと笑ってしまった。旦那様のそこはとても人間らしいと思う。


 そして、神である事を実感する。本来ならば、旦那様にはそれができる。未来永劫、誰も不平等に陥らず、誰もが豊かな暮らしができるようにすることが。


 でも、旦那様には分からない。それが当たり前になった時、人は自分が充分待っていて、それで尚欲しがり、他者から奪うものだと。人間の欲を神が満たし続けても、もっととねだるだけになると。


 聖女は神に豊穣と平和を祈る。願うものではない。言い伝えとは、ちゃんと考えられた言葉だ。


 悲しいかな、国の上に立つ人たちも人間だ。良い事があれば神を崇め、悪い事があれば邪神と言う。だが、彼らは忘れている。聖女が神の嫁であり、嫁を虐げていた人間を神がよく思うはずもない。


 家族だった人たちも、別に私のことだって本当は誰の子でもよかったはずだ。


 育てるのは乳母で、なんなら男児では無いのだからと第二子を作り、これ以上の出産は危険だからと私は(真実この家族だった人たちの子だけれど)誰の子か分からないからと適当な家に嫁に出し、実子と確信できる妹に家を継がせようと……その時、第三王子ならば侯爵家に婿に来てもおかしい事はない。


 何も虐げなくてよかった。だけど、虐げた。彼らは的が欲しかった、いくら殴ってもいい的が。それが罪人でも実の子でも、身近で、手頃なら、誰でも。


 旦那様はこういう一見複雑に見える人間の欲、という物にはとんと疎い。私も大概人間の中では疎い方だけれど、旦那様ほどではない。


 全部解決できてしまうけど、私が願わなければやらない。それは一種の旦那様の基準で、指針で、安全装置でもある。


 鏡の中で話が進んでいる。


「神は偽の聖女によって邪神になりました、聖女を殺せば神はまた元に戻られるはずです」


 と、あの大神官の訴え。偽の聖女ならば、服が破れるまで鞭打たれた痕が残っていただろうに、自分でやっておきながら棚上げもいいところだ。


「アレは聖女などではない! あんなもの、我が家の籍から抹消してしまいたい。恥だ、恥!」


 と、父だった人が叫ぶ。お金より権力より私を輩出した事を憤るなんて、余程なんだな、と思った。


「私も全く騙されていましたよ……、あんな悪辣な女だったなんて」


 と、妹だけではなく使用人にも手を出していた元婚約者。騙していたのはどちらだったかな? なんて、嫌味に考えてしまう。


 眠れていなかった国王は、痛む頭を押さえて彼らをギロりと睨んだ。


(あら?)


 国王もまた、私を排斥しようと動くものだと思っていたが、ひと睨みで彼らを黙らせる。


「お前たちは……どこまで愚かしいのだ。私が眠れなかったのは神罰が恐ろしかったからではない。いや、神罰は恐ろしいが、それによって私が機能しなくなればそうやって増長した貴様らを止められなくなるからだ。私にも罪はある。聖女と神というものを誤解し、聖女をみすみす亡くならせる真似をした事を、ずっと悔いている……言葉を取り戻したのなら、神罰が消えて正気に戻ったのなら、言ってみろ。聖女に、神の嫁に、何をしたのか!」


 どうやら陛下だけは私の味方のようだ。聖女に関して残っている記述は少ない。よく正確に理解しているな、と感心した。私自身、ここで祈るまでは神と聖女の関係などよく分からなかったのに。


 しかし、何故かしら?


 もしかして、と思って旦那様を見ると、笑って頷く。


「一度、会いに行った。ここの全員の前に姿を現して、自分がどういう者なのかを教えてやった。……正しく理解したのは国王だけだな」


 まぁ、いつの間に……、と思ったものの、それなら尚のこと国王以外の神への偏見が著しい。神罰がそれ程恐ろしかったのだろうが、私だけでなく旦那様にまで矛先を向けるなんて。


 神は聖女の祈りによって豊穣と平和をもたらすもの。というのは半分正解で、半分間違いだ。


 聖女の願いで神は力を使える。神はなんでもできる、なんでも叶えられる。だから何かしたいと思わない。せいぜい、私という嫁と幸せに暮らしたい、そのくらいだ。


 聖女の願いが神罰も平和も決める。国王以外は、そこが分からないようだ。


 一喝されて黙り込んだ人たちは、心当たりは充分にあるらしい。言えない事をした自覚はあるのに、何故こんなに私は嫌われてるのかな。


 そのせいで旦那様にまで悪意が向き見くびられているのが、本当に腹立たしい。


「旦那様が誤解されるのは、少し……いえ、かなり腹が立ちますね」


「君はこんな事言われても怒らないのか」


「私のことは生まれる前から、聖女になってからも悪し様に言っていた方々ですから。ですが、善も悪も神には関係がない、自分たちに都合のいい事が起これば神としてあがめて、悪いことが起これば邪神と言う。便利な道具ではありません」


「……君もそうなんだけどな。アナスタシアは本当に無私だな」


「そうでもありませんよ? 旦那様という大事な方ができましたし、幸せですし、今後も幸せに暮らしたく思います。その為に、他の方々にも国王くらいには旦那様をご理解いただきたいのですけど……」


「アナスタシアは、彼らの心からの謝罪はいらなくなったの?」


「くれ、と言って心からくれるものではありません。それに、今にも殺しにきそうじゃないですか、彼ら」


 それもそうだ、と言って旦那様は頭をかく。大きなため息を吐いて、旦那様は立ち上がった。


「ちょっと行ってくる。あれはもう、神罰でもどうにもならない。人に合わせて話をしてやらなければいけないなんて、全く……人間は面倒だ」


「私のせいでご迷惑をおかけします」


「いいんだ。アナスタシアは悪くない。……幸せになろう、アナスタシア」


「はい、いってらっしゃいませ、旦那様」


 国王ではきっと足りない。


 この神を誤解してる人たち……それに神官も入っているのがまったくもって歯痒いが……、彼らに効くのは言葉よりも神の力だろう。


 私は、鏡の中をじっと見つめていた。

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