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17 傾く国を眺める私

 私が目を覚まして部屋から出ると、旦那様はより黒が侵食していた。肌も浅黒くなって、髪も大分黒に染まってきた。が、嫌な感じはしない。


 この方は方向性と言っていた。善と悪は誰の尺度で何を以て決めるのか、旦那様に言われてから考えているけど、私も結局分からない。


 外の時間とここの時間を同じに戻したらしい。私は王宮に神罰が下っている人が訪れるのを見ただけで、その先どんな会話が為されたのかは知らないが、神が起こす事を人間の王がどうこうできるとは思えなかった。


 それから暫く、旦那様と穏やかに日々を過ごした。何でもないような事を話し、旦那様が出してくれるご飯を食べ、いつかここに行きたい、あそこに行きたい、と自国や他国の景色を見て。


 その間も、ずっと神罰が続いている事は知っていた。国王への神罰は……、私の中に国王への恨みが無かったので、放っておいた。


 捕まえられたのは怖かった。逃げ出して泥水をすすってでも生きようとしたのにできなかった。だけど、その結果、今目の前に旦那様がいて、私は人生の中で初めて幸せというものを認識している。


 今この時も、家族だった人や婚約者だった人、神官たちが苦しんでいるのを知りながら、私は笑っていられるのだ。なかなかにひどい人間なのかもしれないと、自己嫌悪に少しだけ胸がちくりとする。かと言って、許したかというとそうでもない。


 聖女になってみて、人間ではなくなって、私は今極めて人間らしい矛盾を抱えて、旦那様と笑っている。


 しかし、遠い足元の城下町の様子を時折見下ろしてみると、なんだか治安が悪くなったような気がする。


 旦那様と二人で過ごすこの鳥籠の中には雨も降り注がないし、風も心地よい微風だけだ。まるでここだけ晴れた日の春のような気候が保たれている。


 だから忘れがちになる。


 私が神罰を願った人たちが、この町を、国を、支えていたのだと。私にとってはどんな悪人でも、民にとってはそうでなかった。


 その煽りを喰らっているのは、何の咎もない平民だ。大聖堂は閉じられ、神の奇跡は与えられない。国王は神罰に怯えてろくな治世が行えなくなって、それが今まで隠れていた悪徳な貴族や官僚に付け込ませる隙になっている。城で匿う人たちも許容量が過ぎてしまっている。街中に、倒れている人が増えた。


「旦那様……、私は、だいぶ笑えるようになりました」


「そうだな。俺も、アナスタシアが笑ってくれている今が嬉しい」


 旦那様の姿は日々黒くなっていき、髪は夜の空のように煌めく黒に、肌は褐色になり、そこに金の刺青が刻まれて、また違った美しさを放っていた。


 口調も、出会った時は子供のような所があったものが、見た目の変化に連れて少し荒っぽく、大人になっている。僕、が、俺になり、私と同じ物を食べるようになった。


 灌木の実はどんなお菓子よりも甘く濃厚でいながら、爽やかな味がする。私は、旦那様と反対に、ご飯よりもこの実を食べることが多くなった。


「神罰は、もうお止めになることはできませんか?」


「……気に喰わない?」


「はい。……私は所詮、人の子として産まれました。今の私に老化や死があるのかも、よくわかっていません。あまり、そういった不安がわかないので……。ただ、私の座っているこの塔の足元で、何も罪がない人が苦しんでいるのが、……不思議ですね、嫌なんです」


 旦那様は少し考えていた。私の感覚を理解しようとしているのだろう。


 今思えば、私の鬱憤を旦那様は飲み込んで、私の事を理解した。しかし、私の中の鬱憤を晴らすために神罰が下されて、そろそろ1ヶ月以上が経っている。私の体感でだ。外の世界はもっと時間が進んでいるのかもしれない。


「……なるほど、アナスタシアの無私は、其方に傾いたのか」


「はい?」


「俺は神だから、虐待されている子供も、野垂れ死ぬ老人も、神罰に怯えるあまり眠れぬ国王も、神罰で苦しむアナスタシアの家族だった者も、虐めた神官も、実はどうでもいい。アナスタシアが幸せで居られる状況をつくりたいだけだ。その時、その瞬間、アナスタシアが願う事を叶えたい。しかし、神罰が急に消えたら、奴らは間違いなくまた図に乗る。どうしたい? アナスタシア」


 私は自分が幸せになって初めて、自分の黒いところと白いところが共存していることを知った。私の中の傷や恨みが消えることはない。しかし、そのせいで無関係な人が余計に苦しんでいる。


 だからといって、許します、なんて言葉は出てこない。


「1週間……」


 私の口から出てきたのは、期間だった。


「ここと外の時間を一緒にして1週間、神罰をやめてみましょう。私を殺しに来るなら、また神罰を続けます。もし、心から謝りに来るのなら……少しだけ緩和しましょう」


「アナスタシアが望むままに。……神官どもも今は飢えて死にそうだしな。少し手心を加えてやらないと、そろそろ本当に死んでしまうだろう」


 旦那様はまるで、死んだら罰にならない、とでも言いたげだった。旦那様は今は黒い。私はその分、白い方に傾いている。


 私は旦那様と夫婦だ。二人で一つになっている。旦那様が黒くなるのも白くなるのも、私の意思次第。旦那様にはもともと意識も体もなく、私への興味でこうなった。


 無私、と言われた私は、神罰に対してもどこか他人事にしか思っていない部分はある。ただ、なんの恨みもない人たちを踏みつけて得た幸せで笑うのは、私が嫌だと思った。これは善でも悪でもなく、私が私を許せるかどうか、笑えるかどうかの話だ。


 とはいえ、神罰を急に止めて、1週間後、どうなるのか私にも分からなかった。何も起こらなかった時は……託宣でもくだせばいいだろうか?


 ずっと見ているぞ、と。

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