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14 神官からでお願いしました

 国王陛下の近衛兵が私をここに閉じ込めた。頭の中で何度か反芻して、私はなんともほろ苦く笑った。


「聖女と神というものは、既に形骸化されているのですね」


 私をこの屋根も壁もない高い塔の天辺に閉じ込めたということは、死んでもいい、もしくは、死んだら神の嫁になる、そう思われているのだろう。


 迷信扱いだ、こんなにハッキリと、私の体には神が奇跡を起こした痕が残っているのに。


 神学を学んで塔に至る、それが道順のはずだが、死にゆくもの……と思っている相手に何ヶ月もかけて教えるのも確かに面倒だろうな。


 神学で神の力の恩恵に与り、私が聖女になった事を妬み、神官たちはそこまでして死にたかったのだろうか。ここで死んだら、神の国にでも行けると?


 そのくせ飢えるのは嫌でちゃんとご飯は食べる。聖女の証を得なくとも、祈り方も知っていれば神力の借り方も心得ているのに、おかしなものだ。自らここで祈っていれば、神もまた見つけてくれたかもしれないのに。


 だが、旦那様が見つけたのは私だった。なぜ私だったのだろう? 不思議に思って視線をやる。


 よく見ると、旦那様の髪が、灰色がかって、黒い部分が多くなってきた気がする。肌も、出会った時には真っ白に近い肌色だったが、少し褐色に近くなった気がした。ただ、青い瞳だけは純粋に私を見つめている。


「なんでも聞いて?」


「はい。……なぜ、私を聖女に?」


「この国で一番無私だったから。欲望が無い、欲求が無い、思い描けない。それは環境や周りのせいではあったけど。その辺で倒れてる子供ですらパンが食べたいという欲求があるのに、君はそれが無い。死にたいとすら思ってない、かと言って生きようとも思っていなかった。君が君を取り巻く全ての事柄に精算がついた時、何を思い描くのかなって興味があった。興味をもったら、僕の意識が出来ていた。僕は君への興味で神と呼ばれる者になったんだよ、だから幸せにしたいんだ」


「私……そんなに何もありませんでしたか?」


「うん。でも、僕が生まれて君が聖女になった事で君は変わった。逃げ出しても生きようとした。そしてこの場で僕に祈りを捧げて鬱憤を吐き出して……、今の君には傷だけが残っている。それを晴らした時、何を願うのか興味があるよ、とってもね」


 私が無私だったから、……妙に納得できた。心が手折られていた私に、予定調和以上の未来を思い描くことはできなかった。


 私は心まで家畜だったようだ。飼われていた、というのも間違いない。その柵から抜け出せてやっと、生きたい、と思えた。


「……では、陛下は後にしましょう。もう数日もすれば、神殿も頼れずに陛下に縋りにいく人が溢れることになるように」


「ふふ、いいよぉ。神官には力を貸してあげない事にしよう。その上で、君の鬱憤を返してあげなきゃね。これはジワジワやった方がよさそうだ、少し早送りにしようか」


「……ここは、時間の流れがちがうのですか?」


 ニンマリと笑った旦那様の顔に、ふと疑問に思って首を傾げた。鏡に写る状況は確かにどこか他人事の見せ物めいてはいたが。


「違くもできるし同じだけ進めることもできる。体感時間はそのままに。今からやるのは、体感時間はそのままで外の時間の流れを早くする事。——君に許しを乞いに来るまで、さて、君をいじめてきた人たちは何日持つのかな」


 旦那様が示した鏡を見ると、神殿でちょうどご飯を食べるのに神官が揃っている所だった。


 よく見たら、普段はスープの他におかずとしてウインナーとサラダを食べている。パンも柔らかい白パンだ。


 私をいじめるために、そこまでするのか、と呆れた。彼女たちが祈り終わるのを聞いた神様は、鏡の上に手を置く。


「そうだね、神に与えられし恵みによって生きているんだ、たんとお食べ」


 そこからは少し早回しの映像になった。彼女たちが食べた先から、食べ物がどんどん溢れてくる。食べ終わることができない。スープもウインナーもサラダもパンも、無くならない。


 これが神の奇跡だと彼女たちは理解している。神様が恵んでくださってるのね、と最初は喜んでいたが、それでも質素な食事に慣れた胃にそんなに物が詰め込めるはずがない。


 顔色を悪くして手を止める人が続出した。高位の神官がどう解釈したのか、次の食事にとっておきましょう、と言って彼女たちは鍋にスープを、フライパンにソーセージを、棚に白パンを、サラダは鮮度が落ちるので家畜の餌にする端切れ籠に入れた。……入れようとした。


 元に戻した先から食糧は消える。何も残っていない、スープ皿は空だし、ソーセージもサラダもパンも無い。


 先程まであったものがない。あんなに気持ち悪くなるまで出されたのに、仕舞おうとすると無くなる。


「きっと神が我々に飢えないよう施してくださったのでしょう。次は無理なく食べられるところまで食べて、片付けることにしましょう」


 高位の神官がそう言ってこの奇跡に祈りを捧げる。


 旦那様はケタケタ笑うと、はい不正解、と言って場面を早回しした。


 地域の奉仕活動に炊き出しを行い、家事も回して神学を学び、神学によって傷付き病に伏した人を治す。


 が、神学の様子がおかしかった。


 誰も、神の力を借りられなくなっている。決められた通り祈っても、使えていた通りに使っても、神の奇跡はビタ一文使えない。


 謝りながら普通に応急処置や神殿で煎じた薬草などを渡して帰している。皆が皆、まさかという顔を見合わせていた。


 神の力が借りられない。お互いに向けて間違いが無いか確認するように、神学でならった文言を唱えて祈る。


 なんの反応も起こらない。薄緑の光に包まれて癒されるはずの傷が、病が、治らない。


 きっと敬虔な心が足りてないのだ、と彼女たちは夕飯を抜いて自らを罰した。


 たかが一食、それも、別に朝に食べ過ぎてまだ誰もお腹が空いてないだけのことを罰と言うあたりで、おかしくなって笑ってしまった。


 なんと人間らしい人たちだろう。神様のせいにしないと何にもできないみたいだ。


「さて、ここからが見所だ。アナスタシア、君も祈る練習をしよう」


「はい?」


「これから、大聖堂に人が詰めかけてくる。君が奇跡でそれをどうにかする。大丈夫、君は好きに祈っていいよ。だって僕は目の前にいるからね」


 よくわからないことを言われたが、旦那様のする事は全て私には思いもよらないことばかりだ。


 素直に、わかりました、と頷いて鏡の中を覗いていた。

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