13 ヴィル殿下は二度と女性が抱けなくなりました
今日は1晩で起きた私は、神様の待つ鳥籠に戻ると、アフタヌーンティーセットで出迎えられた。
衰弱していた私に奇跡のような水や飲み物を与えてくれていたのは、私の体が回復するのを待ってくれていたようで、アフタヌーンティーセットと言ってもサンドイッチやスコーンといった軽食がメインのもの。
飲み物はまた不思議なグラスに注がれた不思議な飲み物だったけど、久しぶりの固形物との取り合わせは悪くなかった。アイスティーのような何かだ。
旦那様の与えてくれたものは目に見えて私の身体が痩せ細った所から普通の体型まで戻してくれた。とはいえ、飢えた後に急いで物を食べるのはちょっと怖い。ゆっくりと食事を終えるまで、長椅子に寝そべった旦那様は灌木の実を摘んでいた。
「ごちそうさまでした。旦那様はお食べにならないのですか?」
「うん。まだ僕はここに馴染んでないから、木の実でいいかな」
「……? 馴染む?」
「そう。僕は生まれたてだから、複雑なものは食べてもよくわからない。この灌木の木の実が僕のご飯だよ」
そういうものか、と思って私は近くの灌木から実をもいだ。それを旦那様に渡すと、旦那様はありがとうと言ってうけとり、それを食べる。
小さなリンゴのようだが、感触はもっと柔らかい。種はないのか、皮ごとまるっと口の中に入れて咀嚼して飲み込んでいる。
「アナスタシアも適当に食べていいからね。身体に悪いものじゃないから」
「ありがとうございます」
「さーて、じゃあ元婚約者の様子でも見てみようか」
唇についた果汁を舐めとって体を起こすと、旦那様はテーブルに手をかざす。
食器なども全て消えて、真ん中の一部が鏡のようになり、ヴィル殿下の部屋が映った。自室のようだが、昼間なら執務室にいる物では無いだろうか?
「彼は指南役と肉体関係があったのは知ってる?」
「えぇ、王侯貴族の男子にはつきものですから……」
「じゃあ、こういう事してるのは?」
ヴィル殿下はメイドの一人を部屋に連れ込んで、布団の上で一糸纏わぬ姿でもつれあっていた。
脱ぎ捨てられた服や下着でメイドと判断したが、随分好色なのは、その一場面でよくわかった。
指南役というのは、少し年嵩の、貴族の女性が閨事を教える役目であり、仕事だ。ヴィル殿下にとっても。
しかしこれは、どう考えても使用人に手を出している、個人的嗜好に基づくもの。
「彼はねぇ、ヴェロニカにもコロッといったくらいだから……とにかく女好きでね。第三王子って立場を利用して、まぁ両手両足の指じゃ足りないくらいには手を出してるねぇ」
「…………私の感覚だと、はしたない、ですね」
はしたない。あんなに優しく誠実そうなのに、実態はこんなにも。裏切られていたと知った時にも思ったが、見境が無さすぎる。
「僕もそう思う。彼の一番強い欲求は色欲だ。君の妹とは秘密の関係だったから、まぁ本番まではいかなくても……ね?」
「………………、情けなくなってきました」
見抜けなかった自分もだが、この国の王子のやることではない。せめて後腐れなく遊ぶのならまだしも、堕胎の仕方も分からないような素人に手を出して。
まして、自分の妹とも、そういった事を……たとえ最後までではなくとも……していたのだと思うと、頭が痛くなる。
「だからね、この王子からは色欲の形を取り上げちゃおうかなと思ってる」
「形、ですか?」
「欲まで消したら罰にならないからね。欲が湧いた時に……まぁ見てて、見て気持ちいいものじゃないから見なくてもいいけど」
と、言われても気になるものは気になる。
王子の上に指を置いた旦那様は何をしたのか、夢中で唇を貪っていたメイドが変な顔になって恐る恐る体を離す。
王子も異変に気付いて、そのまま自分の下腹を見る。
男性の股間なんて見たことがなかった私だが、そこには小指の爪の先ほどの突起の後ろに、丸々とした大きな袋がぶら下がっている。奇妙な形だなと思った。
「……これは?」
「性欲を感じたらそこだけ新生児のそれになるようにしてあげた。トイレとか不便だからね、普段はちゃんとしたサイズだよ」
「元を知らないので何とも言えませんが……、もしかして、もう子作りできないのでしょうか?」
「新生児がそんな事できると思う? 2度と子種は外に出せないだろうね。作るところはそのまま残してあげたけど。性欲自体はそのままだから」
「あら……まぁ」
メイドは1度目の関係ではなかったのだろう。その奇妙な現象に悲鳴をあげると、急いでベッドから転がり落ちて服を着て外に出た。
ヴィル殿下は、真っ青になっている。相手が居なくなって性欲が落ち着くと、そこは途端に……一応、私が授業で習った絵姿と同じ形に戻っていった。
頭を抱えて何かを叫んでいるが、今回はそこの音声は抜きらしい。最中の声もなく、聞こえたのはメイドの悲鳴だけ。
「昔の男の声も、まぐわいの音も、アナスタシアは聞かなくていいし、まだ知らなくていいからね」
旦那様はそこそこ嫉妬深いようだ。にっこり笑っているが、見せてなるものか、という意地すら感じる。
私はそんな旦那様が可愛くて、思わず口元を隠して笑った。それを見た旦那様が驚いたような顔をして、優しく目を細める。
「やっと普通に笑ったね」
「……そういえば、こんなふうに笑ったこと、ありませんでしたね」
「そうそう。アナスタシアは笑ってる方が美人だよ。少しずつ笑っていこうね」
そう言って頭を撫でられると、照れてしまう。
視線が自然と鏡に落ちると、ヴィル殿下は必死にそこを稼働させようとしてはその度に赤子のサイズになるそれに、頭を掻きむしっていた。
残念ながら、彼はもう2度と女性を抱くことはできないだろう。旦那様が言うには好色だったそうだから、これ以降もずっと苛まれることになる。
例えば男性に抱かれる、というのも無くは無いだろうが……そこまでして快楽を得たいというのなら仕方ない。その道に走るかは彼次第だが、たぶんないだろう。
そして、旦那様は次は誰にする? と、聞きながら鏡を消した。たしかに、今更あの殿下の裸体で苦悩する姿など見るに堪えない。
私は少し考えた。神殿の神官もそうだな、と思いつつ……悩ましい。
「今、とっても悩んでるんですけど」
「知りたいことがあったら聞いて?」
「私を、ここに幽閉させた兵士は誰の手の者です?」
旦那様はほんの少し困ったように笑って言った。
「国王の近衛兵だね」
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