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11 母の子供たち

 続いて旦那様は母の上に指を置いた。


 それだけで、母の下腹が、ボコボコと何かで膨れていく。生命体のように見えるが、ドレスの下でよく分からない。おぞましい、という感覚もあったが、どんどん腹は膨れていく。


「いだ、いだいっ!! な、何、あ゛ぁ、だ、いだ、いだいっ!! だす、けで……っ?!」


 ドレスを着ている母の下腹が、更に膨れていく。妹は余りの光景に口を押さえて尻餅をついた。見ているだけの私もそうだが、吐き気を催すような光景だ。


「あぁあぁ……、これはね、君のお母さんが他の男との間にできた子供をおろしたのを、返してあげたんだけど。君は実の子だけど、他にもこんなにおろしていたんだねぇ……。そりゃあ、君が誰の子だって、お父さんも言うよね」


「これ、は……母の腹の中の子は、生きて……?」


「ううん、みんなおろされたから一度死んじゃった。魂のない肉、にもなってないな、下された時の大きさのまま肉体だけお腹に返してる。だって、かわいそうでしょう? お母さんにおろされた後は誰かの子になってもう産まれてるんだしさ、こんなお母さんのお腹の中で育って産まれてくるのはかわいそう。だけどまぁ、君の生まれが誰の子か分からないなんて事で喧嘩して君を『飼って』いたんだから、自分のお腹の中で下ろした子の肉塊くらいはね、飼ってもいいはずだよね」


 一体何度堕胎したというのだろう。これは増え続ける胎内の子の肉塊で生き物のように見えるだけ。母だった人の腹の中には、一体いくつの命になるはずだったものの残骸が戻っていっているのか想像もつかない。


 はしたない人だ。我が母ながら呆れてしまう。父は決して不細工でもなければ、母にも優しいはずだと思ったけれど……、そのきっかけが私が生まれたことによる夫婦仲の改善だったとしたら、まぁ、正直いい気味だとは思う。


 私は誰かを害そうという心は無かった。ただ、それは手折られていただけなのだと理解できた。


 余りに異様な光景。ドレスが裂けるまで膨らんだ母は、椅子の上で大きく大きく膨れ上がった腹を片手で押さえながら、背もたれに頭をもたげて涎を垂らしている。痛みに、びく、びく、と時々痙攣しているから、こちらもまた意識もあるようだ。


「……これ、父と母は生きていられるんですか?」


 私が苦しんできたことや理由をいっぺんに返すとこうなるのか、と思いながら、こんなに苦しんでいるのを見るとやはり多少は同情もしたくなる。


 というか、これで死なれては後味が悪い。私は生きてるわけだし、思い知って少しは怯えて大人しく生きてくれればいい。


「1時間もしたら元に戻るよ。これが、毎日突然始まる。もちろん自殺しようとしても許さない、天寿を全うするまで毎日続くだけ。君は毎日ずっと苦しんでたんだから……えーと生まれる前からだから19年か。1年が365日で24時間で掛けて……? 大体170000日? 年にしたら大体465年。ちょっと手加減しすぎかな? 先に寿命がきちゃうね。これもまだ、お腹が裂けない程度に手加減しているし……、あぁ、もう数字はいいや。ひとまず、寿命までは続けようね。——君はよく耐えたよ」


 いや、私もこんな風になったならとっくに耐えられない気がする。でも、旦那様は私の鬱憤……溜めていた物を飲み込んで薄めて返しているという。


 私が毎日少しずつ溜め込んでいた鬱憤。逆らえないように生まれる前から向けられた悪意。抗う術もなく、心も持たず、こういう物、と仕向けられて生きてきた。


 鞭で打たれたら痛い事を知っていましたか? お父様。誰かと性交したら子供ができるのは当たり前ですよね? お母様。


 痛くてもそれを顔に出してはならず、鞭打ちでできた傷から熱が出ても、胃が悪くても、平気な顔で振る舞うことを強制したお父様。熱でグラスを落としたり、食器の音を立てただけで叱りつけたお母様。


 平気な顔で耐えてくださらないと。


 私の中にはそんな気持ちすらあった。まだ、こんな苦しむ姿を見てもまだ、私の中には『当然の報い』であり『まだ足りない』という欲が芽生えていた。とても、とても暗い欲だ。


「じゃあ、次は妹だね」


 のたうち回る父に、ボコボコと膨れて暴れる腹を抱えて苦しむ母を見て、いよいよ吐き戻している妹を、旦那様は指差した。

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