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9 夫が言います「まずは誰から破滅させる?」過激です

 とてもよく寝た、という気持ちで目覚めた部屋は、照明も無いのにいつでも明るいような、眠い時には暗くなるような不思議な場所。


 ここには窓はなく、外と繋がっているのは飾り彫のはいった木の扉ひとつ。


 着替えも用意してくれていると言っていたが、一体どんなものだろうと見てみたら、聖女の服として用意された物と似たような、それでいて少しずつデザインが違う服ばかりだった。


 その中の1着を選び、綺麗な鏡台に座って化粧をする。といっても、唇と眦に色を置くだけ。本当に、やつれていた私は鏡の中にいなかった。髪は流しっぱなしでいいだろう。


 そうして扉を出ると、いつの間にか鳥籠の中には背の低い実をつける灌木が生え、テーブルとソファがあり、隙間から小鳥がやってきていた。


「……私、何年ほど眠りましたか?」


「え? そんなに寝てないよ、3日くらい。あ、おはよう、アナスタシア!」


「おはようございます、旦那様。ずいぶん素敵な場所になりましたね」


「居心地いい方がいいよね、新婚の新居だもん」


 間違ってないが、いまいち実感が湧かない。彼は先日私が吐き出した鬱憤でできた真珠のような石を、対面のソファに寝転んでまじまじと眺めていた。


「君はずいぶんと我慢してきたんだね。辛かった、と思えないほど、死ぬ間際まで」


「…………そのようです」


「ここはね、聖女と神の新居。ばかだね、聖女を選ぶのは神で、聖女が願うことを叶えるのが神なのに。——君が心から豊穣と平和を祈るなら叶えてもいいし、もっと私的なこと……部屋が欲しいとか……でも、もちろん叶えるよ」


 美しい神は未だ子供のようで、そう言われてもいまいちピンと来なかった。私は果たして何を願えばいいのか、自分の望みすらわからない。


 私が心を殺してきたから、家族も、神殿の人も、私をここに閉じ込めた兵士を遣わせた人たちも、何を考えているのか理解できない。


(私、何故こんなに虐げられてきたんだろう……)


 聖女になる前も、後も。考えた事もなかったな。


 神がまた綺麗なグラスに琥珀色の飲み物を入れて差し出してきた。


「大丈夫、ただのジュースさ。君はね、体にも心にも栄養が足りていない。少し補わないと」


 何のジュースかは分からないが、もう何の水か分からないものを飲んでいるし、自分の中から変なものまで吐き出したのだ。特に躊躇わずにグラスを受け取って喉に流し込む。


 さわやかな甘さのジュースだった。ほんのりミントのような清涼感もある。これも、コップを傾ければいくらでも出てくるようだ。


「……私は、何故虐げられてきたのでしょうか。分からないのです、物心がついたら……そうだったので」


「いいよ、じゃあまずはその理由を見てみよう」


 起き上がった神が机の上に手をかざすと、一部が鏡のように何かを写した。


 写っていたのは……お腹の大きい若い母と、若い父。何か言い争っているようだ。


「あー……君には直接聞かせたくないから要約するけど、どこの誰の子だ、と、あなたの子に決まっているでしょう、って言い争いだね。間違いなく君はこの二人の子なんだけど、まぁ父親も母親もお互い様で浮気して秘密の恋人がいたみたい。で、父親も母親もこの争いはこのお腹の子が悪い、と思って君の事邪険にしてたんだね。その後はお互い体面もあるし、秘密の恋人もいなくて、君に当たれば気が済んだから仲良くして妹が誕生ー! ってことみたいだよ」


「……………………そんな理由で?」


「そんな理由で。もう君に当たるのが止められなくなったんだね。自分より劣る存在、弱い存在、自分がいなければ生きていけない存在、それをずっと確かめて確かめて家族でいたんだよ、君の家は」


「……妹も?」


「そうだよ。君が親に虐げられている。自分ももちろんそうしていいと思っている。見本がコレじゃあね。……だけど、君は挫けずに淡々と育った。王子と婚約した。この家で一番弱い存在が、将来自分たちより上にいく、屋根裏部屋に追いやられたのもこの頃で……、ついでに、妹をけしかけたのは両親で、妹にまんまとコロッといったのが君の婚約者。……逆に不思議なんだけどね、片方だけが笑って幸せそうなのに、片方だけが暗い顔をしていて、何でそれをおかしいと思わないのか」


 鏡の中の景色を手をかざして次々に場面を変えながら、神は語る。私の人生って何だったのか、改めて辛くなった。それは、確かに、家族だった人たちの声や仕草で知りたくはない。


 そして私が聖女になる。今度は写ったのは神殿だ。


「自ら望んで神に仕える事を選んだ奴らが、自分じゃなく何でも持ってる侯爵家の令嬢が聖女に選ばれたのが許せない、と。アホくさ。そんな理由で相手に満足な食事を与えずに嫌がらせまでする、そんな性根だから聖女に選ばれないんだよ」


「………………まさか、そんなことで? あの高位の神官も?」


 今こうして神と過ごす時間は私にとって安らぎだ。これを手放したくはない、だからいくらでも代わってあげたのにとは言わない。


 とはいえ、そんな理由で……私は食事も睡眠も絞られ、鞭で打たれていたのか。


「アナスタシア、願っていいよ。まずは、誰から破滅させる?」


 私の中に溜まって全てに蓋をし覆っていた鬱憤は、もう無い。


 私を選んだのはこの目の前の神だという。その神が、破滅を願っていいと言う。


 聖女。……神の嫁。それは、文字通りその通りであり、旦那様は私の願いなら破滅でも平和でも叶えてくれるらしい。


 私は紅を引いた唇で、薄く笑った。全てわかってしまえば、何とも脆弱で醜い理由だったのだろう。私は、家畜でもなんでもないというのに。


「では、私の実家からお願いします」


「いいよ。アナスタシア、一緒に幸せになろうね」


 そう言って神は、私の鬱憤をごくんと飲み込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妬む気持ちは誰にでもあるけど家族や神殿の人達はさすがに酷すぎたなぁ おもいっきり後悔していただきたいぬ
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