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0 私は侯爵令嬢という家畜

アルファポリス様で連載していたものを改稿して長編にしたものです。ゆっくりお付き合いください。

 アナスタシア・リュークス。リュークス侯爵家の長女で、ノルネイア王国のヴィル・ド・ノルネイア第三王子の婚約者。


 ささくれた木の板でできた床の屋根裏部屋にある、軋むベッドの上。つぎはぎだらけの布団で目覚める度に、そんなの嘘だろうと思って心の中で確かめる。


 しかし、残念なことに、私の肩書はそれで、現状はこれだ。


 昨夜汲んできた水差しの水で喉を潤し、あまりに冷たいその水で顔を洗う。私の世話をするメイドなど、この家にはいない。全て一人で行い、それは私の中で習慣にもなっていた。もう、10年以上のことだ。


 私の体には見えないところに無数の鞭打ちの痕があり、ヴィル殿下に嫁入りする時には神殿によって全ての痕跡は抹消される事となっている。


 神の奇跡と呼ばれる神学を扱える神官には、こうした傷や、怪我、病を治すことができる者がいるという。ならばすぐに治してくれればいいのに、どうせ毎日鞭で打たれるのだからと、連れて行かれた覚えはない。


 鞭で打たれた傷は時々熱を持ち、腫れたり私の身体を熱や食欲不振で蝕むことがある。それを表に出してはいけない、出せば、追加で鞭打たれる。


 この屋根裏部屋にもクローゼットはあり、それは母が嫁入りした時にもってきた立派なもの。この屋根裏部屋を大きく占拠して佇んでおり、私は7着のドレスが与えられていた。


 これを着回して、私は生活している。


 外に出る時には、或いは来客を迎える時には、使ったこともない立派なベッドの置かれた、絨毯の敷いてある『私の部屋』で応対する。そこには私のサイズの着たことのないドレスや宝飾品が山とあり、なぜこんな無駄なことをするのか、常に疑問に思っていた。


(今日は……あぁ、外国語の授業だ。先週は青のドレスだったから、緑にしよう)


 教師は全て両親の言いなり。私の事を完璧に仕上げるためならば、私を鞭で打つ事も許されている。


 この完璧とは、両親が満足する、を意味する。そして、教師が満足する、でもある。


 些細な発音を一音でも間違えれば容赦なく鞭が飛んでくる。教師の機嫌の良い日と悪い日で、その匙加減は違う。本当は、私の成果などあまり関係ない。あまり完璧にやりすぎてもいけないし、不出来すぎてもいけない。嫌味で終わらせられる位を目安に行う。


 これも母のお下がりの、少しひび割れた鏡台の前に座って身だしなみを整えた。外見だけは侯爵家の令嬢に恥じないように、私は自分の手で自分を整えなければならない。ここに落ち度があってはならず、その割には7着のドレスは……年毎に変えられているとはいえ……みすぼらしい、と思う。


 涙はとうの昔に涸れた。


 唯一の救いは、私にはヴェロニカという妹がいる。両親の愛情と優しさは、私がお腹の中に忘れてきたせいか、全てヴェロニカに注がれている。


 天真爛漫で明るく朗らか、愛される事を知っているから他人にも優しい。そう、こんな私にも。


 私のこの境遇を改善するようにと訴えてくれているが、両親がそれを聞き入れることはない。お前は気にしなくていいのだから、と宥められてしまっている。


 私にも、ごめんなさいお姉様、と言ってくれる。唯一肉親だと思っている子。可愛いヴェロニカ。


 私は長いプラチナブロンドの髪を編み込んでハーフアップにし、薄く化粧をして階下に降りた。赤いルビーの瞳は、私の色素の薄い顔の中ではとても目立つが、生気を失っているせいで宝石のように輝くことはない。


 屋根裏部屋からダイニングに向かう途中も、メイドたちを避けて歩くのは私。この家で、私は空気であり、仕える主人の一人では無い。虐められているわけでは無いが、これも父と母の命令だから、メイドたちも逆らうことができない。そして、常態化した。


 ダイニングには家族の誰より早く到着し、末席に座り、家族が入ってくるたびに立ち上がって朝の挨拶をする。これも、躾だ。失敗すれば鞭で打たれる。


(もう、こんな家、逃げ出したい)


 そんな気持ちが時々頭をよぎる。だが、世間知らずの私が逃げ出したところで……。3食お腹いっぱいご飯が食べられる私が、平民に受け入れられるはずもない。結局、私は現状を受け入れて生きていく。未来に希望は余り抱いていない。


 ヴィル殿下は優しいが、私のこの暗い顔を見ても、本気で私の家に調査の手を入れることはない。助けて、と言う事は許されない、常にメイドが父と母の目と耳として、その場にいるのだから。


 平民に紛れて、どこかのお屋敷の下働きとして働けはしないだろうか。働く、という事を理解していない私は、はたして働けるのだろうか。


 ただ、少なくとも鞭で打たれる事は無いんじゃないかと思う。うちの使用人が鞭で打たれているという話は聞いたことがないし、様子もない。


 せいぜい、もっと小さい頃に私に優しくしてくれたメイドが、仕置きとして鞭で打たれた事くらいだろうか。その後、そのメイドは二度と私に話しかけてくる事は無かった。


 鞭打ち。日常的に与えられるこの苦痛は、一度で人をそんな風に変えてしまうものらしい。なら、何度も打たれている私は、とっくの昔に人としての何かを失っているのかもしれない。


 不幸は誰と比べるものでもない。そんな事は分かっている。だけど、私の心の中に溜まりに溜まった鬱憤は、思いもよらない形で顕現した。

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