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05 猫の覚悟

 一口大に切ったウサギの肉を串に刺して焼いた、シンプルな料理。ジュワジュワと肉汁を滴らせる串焼きに、ピケは目を輝かせた。

 気をつけてくださいね、と渡されたそれを受け取った彼女は、熱いうちに食べるのが一番だとばかりにさっそくかぶりつく。


「んん〜!」


 ハフハフと熱そうに息を吐きながら食べる姿は、頬袋を持つ小動物のようだ。

 唇の端を拭ってやりながら、ノージーは「かわいいな」と口の中ですばやく呟いた。


「やけどしないでくださいよ?」


「ん!」


 ペロリと舌を出して唇を舐めるしぐさは、まるで子どもである。

 串焼きひとつでこうも幸せそうな顔をする少女を、ノージーは守りたいと強く思った。


 もっとも、ピケは弱い女の子ではない。

 たとえノージーがいなくても、彼女はたくましく生きていける。それだけの経験を、彼女はしてきた。


 それでもノージーがピケを守りたいと思うのは、彼女が特別な女の子だからだ。

 最初は助けてくれた恩を返すため。だけど、その気持ちは彼女の成長とともに少しずつ変化していった。


 きっかけは、意地悪な継母と義兄が家にやって来たことだろう。

 彼女たちはピケのことを召使のように扱い、やれ掃除だ、やれ洗濯だと命令を言い渡した。

 時には真夜中に叩き起こして「今すぐ魔兎が食べたい」と駄々をこねる義兄のために、魔の森へ行かされたこともある。


 ピケは最初、「召使じゃない」と反抗的な態度を取っていたが、継母から「父親がどうなってもいいのかい?」と言われて黙るほかなかった。


「あんたはいずれこの家から出ていく身。あんたがいなくなった後、誰があんたの父親の面倒を見ると思っているんだい?」


「……」


「あたしたちさ! 粉挽き小屋とロバさえ手に入れば、あたしと息子たちは生きていける。分かるかい? あんたの父親なんか、どうなったって構わないのさ。父親を魔獣に喰い殺されたくなかったら、今のうちに恩を売っておくんだね」


「……はい、わかりました」


 その日から、ピケはだんだんと笑わなくなっていった。

 ノージーが自慢の毛並みで擦り寄っても、力なく撫でるだけ。

 淡々と命令を聞くだけの人形のような生き方をする彼女を、ここから連れ出したいと何度思ったことか。

 でもピケが「逃げたい」と呟きながら父を思って泣くから、結局ノージーは連れ出せなかった。


 主人には悪いが、彼が死んでくれて良かったとさえ思っている。

 そうでなければ、ピケは今もあの家に縛られていたはずだ。

 そして──これはとても考えたくないことだけれど──ピケは兄たちのものにされていたに違いない。


 日に日に女性らしい丸みを帯びた体つきになっていくピケに向けられた、兄とは思えない気味が悪い視線。ある夜に聞いてしまった、彼らの密談……。

 ノージーは一生誰にも話すつもりはないけれど、継母と義兄たちは、彼女をこの家から出すつもりなんてないようだった。

 父親が亡くなったらすぐに義兄のどちらかと結婚させて、死ぬまでこき使う。それが、彼らの計画だったのだ。


 手遅れにならなくて良かった、と心底思う。

 あのままだったら、主人の死よりも前に兄たちの手がピケに伸びていた。

 彼女は家族を大切にする子だから、たとえそれが無理やりであったとしても、なんとか大切にしようと努力してしまう。


 愚かだと思う。

 だからこそ、好ましく思ってもいるのだけれど。


 ピケは強い子だが、それだけじゃない。弱いところも、触れることさえ躊躇われるようなやわらかいところも持っている、女の子だ。

 もしも彼女に何かあって、それを脅かすようなことが起こったら──そんな時は誰よりも早く、誰よりも近くで寄り添いたいし、助けるのは自分だとノージーは思っている。


 ノージーはそのために、魔獣から獣人になったのだ。

 今度こそ、間違えたりしない。

 失敗し続けてきた八回の猫生と、人形のようになってしまったピケを思い出したら、自然と口に出ていた。


「僕に任せてくれませんか?」


「ん? ふぁにを?」


「僕をもらったこと、決して後悔させません。きっと、あなたを幸せにしてさしあげます」


 もぐもぐ、ごっくん。

 串焼きを飲み込んだピケの喉が動く。

 言われたことを理解できていないのか、彼女はパチパチとまばたきして、不思議そうにノージーを見つめてきた。


「僕を信じて。僕のいうことを聞いてください、ピケ」


 ノージーは串焼きを持ったままのピケの手を取り、真摯(しんし)な気持ちで見つめ返した。

 美女から見つめられて、ピケの頰が反射的に赤らむ。

 目の前の美女がノージーだとわかっていても、まだその顔に慣れていないピケは自分でも思ってもみない感情に翻弄(ほんろう)された。


(あっ、赤くなるな、私ぃぃぃぃ!)


 これはノージーだ。猫のノージーなんだ。美女に見えるけどノージーだから、ドキドキするのは間違っている!

 けれど、赤面なんて意思の力でどうにかなるものではない。

 どうにかしなくちゃと焦るあまりなのか、今度は心臓がポコポコ跳ね出す。

 とうとうピケは、どうにもならないと匙を投げた。


(無理。無理です。こんな美女に言い寄られて、落ち着いていられるはずがないでしょぉぉぉぉ!)


 ノージーいわく、今の彼の姿はピケの理想をかき集めた姿なのだ。

 つまり、こうなってしまうのは必然というやつで、ピケがおかしいわけじゃない。はず。


 耐えきれなくなってコクコクと頷くピケに、ノージーが嬉しそうに破顔した。


「ありがとうございます」


 美女の微笑みにこれほどまでの破壊力があるとは。

 生まれて初めて見た絶世の美女に、ピケの意識はグラグラである。


(総員撤退! 退けぇ、退けぇぇぇ!)


 混乱の極みに達した彼女の頭の中では撤退命令が出され、ありもしない大群がザザーっと逃げていく。


『わぁぁ、逃げろー!』


『ああ! ピケAが転んだぞ!』


『行け、B! 私の屍を越えていけぇぇ!』


 そんな妄想を脳内で繰り広げながらピケができたことといえば、大事な串焼きを落とさないように握りしめることだけだった。


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