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18 軽々しく言えない理由

 小川が流れる公園を見つけた二人は、あざやかに色づいた並木道に誘われるように、足を向けた。

 レンガ敷きの道を、手を繋いでゆったりと歩く。


 ピケが隣を歩くノージーを見上げると、彼は興味深そうな顔をして空を飛ぶ小鳥を見たり、秋風に揺れる枝を見たりと、この散歩を楽しんでいるようだった。

 気持ちよさそうに目を細めながら空を見上げている姿は、魔猫の時と変わらない。秋の匂いを感じているのか、ツンと高い鼻が上を向いていた。


(そのしぐさも、猫の時と同じね)


 ノージーのまねをして、秋の匂いを嗅いでみる。

 澄んだ空気に混じった、微かに感じる甘い香りは銀木犀(ぎんもくせい)だろうか。

 雨が降ったらすぐに落花してしまう銀木犀の香りは、気づくことさえ稀だ。

 こうして気づいて、そしてノージーと一緒に楽しめることを、ピケは嬉しく思う。


(なんて平和な時間なのかしら)


 思えばずいぶん遠いところまで来ちゃったわ。

 物語の一節にありそうなことを考えて、ピケはふふっと一人笑う。


 だが、そんなことを思いつつも彼女の気持ちは落ち着かない。

 さきほどの出来事でノージーの暗い一面を垣間見てしまったせいだろうか。


(それとも……かわいいとか……き、ききき……言えないっっ! アレとか……聞いちゃったせい?)


 キス、なんて心の中だって言えやしない。

 こう見えて──見た目通りかもしれないが──ピケは純粋なのだ。


(ノージーはなにを考えているのかしら?)


 考えてみれば、彼については知らないことばかりだった。

 子どもの頃から一緒に過ごしてきたが、人と猫が本当の意味で意思疎通をする術はない。なんとなくそうかなといった風にピケが勝手に思っているだけで、実際のところはわからないのだ。

 ノージーが人の姿になってからもよくよく話を聞いたことはなく、ピケは今更ながらに『ノージーとは?』と疑問を持った。


 チラチラと物言いたげな視線に気づいたのだろう。

 ノージーが、つないでいた手を軽く引き寄せる。ピケがトタタッとたたらを踏みながら近寄ると、彼はやわらかく抱きとめてくれた。


「どうしたの? ノージー」


「あちらのベンチで休みませんか。日差しがあるから、少しくらいなら寒くないでしょう?」


「わかった」


 さきほどよりも少し近くなった距離で歩きながら、並木道を外れ、ベンチへ腰掛ける。

 なんとなくノージーの雰囲気が変わったのを感じ取って、ピケは落ち着かなげに足を揺らした。


「……ピケ」


「なぁに」


「聞きたいことがあるのでしょう? 僕に」


「聞きたいことっていうか……私ってあなたのことをなにも知らないんだなぁって思っていたの。魔の森であなたを拾ってからずっと一緒にいたから、なんとなくわかることは多いけれど、好きなものとか趣味とか、そういうの知らないなって」


「好きなものに、趣味、ですか?」


「そうよ。だって考えてみたら私、ノージーはネズミが好きじゃないってことくらいしか知らなかったんだもの」


「少ないですね」


「少ないのよ。だから私、びっくりしちゃって」


「僕もショックです」


 顔を俯けて肩を震わせるノージーに、ピケは慌てた。

 まさか、泣かせてしまった⁉︎

 オロオロと助けを求めるように視線を彷徨わせても、周囲には誰もいない。

 なんとか泣きやんでもらおうと、ピケは思いつくままに言葉を並べた。


「気持ちが良い場所を見つけるのが得意だとか、動くものを目で追っちゃうとか、そういうことは知っているのよ⁈」


「なんだ、ネズミのこと以外も知っているではありませんか」


 安心しました、と泣いていたはずの顔がケロリとしているのを見て、ピケは騙されたと顔を顰めた。

 目を細めて不機嫌そうな顔で見上げる彼女に、ノージーはニヤリと笑う。

 意地悪される! とピケは身構えた。


「そうですねぇ……」


 来るなら来い、と迎撃するつもりで待ち構えていたピケは、まっすぐな視線を向けられて目が離せなくなった。まるで自分以外のものを目に映してほしくないと言われているようで、ピケは息をひそめる。


「一番覚えていてほしいことを覚えていないようなので改めて言いますけれど……僕が好きなのはピケ、あなたですよ」


 からかうような声色をしているが、わずかに震えている。

 意地悪というにはあまりにも、切ない声だった。


 傷つけるつもりはない。だけど、気持ちを忘れてほしくもない。

 ピケのことを気遣った上で、それでもこれだけは、と言ったのだろう。

 それくらい、ノージーの気持ちは彼にとって大切なものなのだと、ピケは理解する。


「嫌ですね。黙らないでください」


 ちょっと怒ったような、責めるような声。

 だけどピケの耳には、なにかをごまかしているようにしか聞こえなかった。


「だって」


 しょぼくれた顔をしているノージーに、ピケがプッとふき出す。

 だって、ピケはわかっちゃったのだ。

 ノージーがピケに「好きだ」とか「恋している」と言わなかった理由。

 それは、ピケを困らせないためでもあるのだろうが、なにより彼自身、言うことが恥ずかしいと思っているに違いない。


(きっと、さっきかけてくれた甘い言葉も、恥ずかしかったに違いないわ)


 一生懸命、恥ずかしいのを我慢して言ってくれたのだろう。

 ひどい言葉でピケを(わら)っていた彼女たちから守るために。


 わかることで、変わるものがある。

 大人びた表情で飄々としている彼が困惑している姿は、思わず守ってあげたくなるようなかわいらしさがあった。


(男の人がかわいいなんておかしいかしら。でも……ノージーならアリよね?)


 突然笑い出されて、ノージーは困っている。

 彼が困れば困るほどかわいらしさが増していく気がして、ピケは耐えられそうになかった。


「……どうして笑っているのですか?」


「だって、ノージー……あなた、もしかしてあの時も?」


「あの時って何です?」


「魔獣が獣人になる理由を話してくれた時よ。あなた、私に恋をしたからだって説明したでしょ。やけに淡々と話すものだから、そういうものかって流してしまったけれど……そういうことだったのね!」


 ああ、かわいい。なんてかわいいのだろう。

 ピケはたまらなくなって、ギュッとノージーに抱きついた。

 突然のことに理解が追いつかないのか、ノージーの手が宙に浮く。


「ピケ⁉︎」


 抱き返してくれないのがまた、たまらない。

 ピケは湧き上がるかわいいを昇華させるべく、力一杯ノージーを抱きしめ続けた。


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