ジェネレーションギャップ
「一体あとどれだけ歩くんだ」
細身のスーツを身に纏い、スマートウォッチに目をやる男性。
ポケットからスマホを取り出すが、右上にはいつまでも消えない圏外の文字
「この時代に圏外って…」
と独り言にしては大きな声で、独り言を言っていた。
「じじい、何でこんな所に住むんだよ」
昨日の昼過ぎ、久しぶりに電話をかけてきたと思ったら、いきなり
「明日、顔出してね」
祖父はいつも優しい声で話すが、その声には強く力かけられていて
休みの日には寝たいです。
と言いそうになるのを抑え、
「…わかりました」
と言うのと同時に電話が切られた。
去年まで祖父は自らが立ち上げたフラワーショップFlower Romansを、全国展開に発展させた敏腕社長であった。
誰とでもテンポの良い会話をし、定年を迎えたにしては高い背丈。
俳優と間違えられる見た目もあり雑誌やテレビでも活躍していた。
現在は叔父が社長を引き継いで経営している。
いずれ自分が後を継ぎたいと思うようになってからは、祖父に気に入られようと気をつけてきた。
「こんなに田舎なら先に教えてくれよ」
電話のあとに送られてきたメールには、住所と駅からの道のり。
一人で来るように、とだけだった。
村人1人すら見つからない道を、ひたすら歩いていると前から車がやってきた。
助けてもらうしかない、と手を上げて近づいていった。
「地元の人でしょ?最近越して来た寺島和夫の家知らない?」
怪しい…スーツを着ているのに漂っているこの感じ。
スーツでこの村を訪れる人の大体は、怪しいセールスなんだけど
こんなに強引に車を止めて
それに寺島さんは、とても大きな家を建てて越して来たおじいちゃんで明らかにお金持ちだし…
「何の御用があるんですか?」
「あ、知ってるの?じゃ乗せていって」
えっ困ります!と椿が言おうとするが既に男は助手席に乗り込んでいた。
職場のカフェへ向かう道の途中に寺島さんの家はあるのだが、本当に連れて行っていいのだろうか。
「何分くらい?10分くらい?」
「5分くらいです…」
「クーラーつけるよ」
「…」
なんて自由な人なんだ!
親切で乗せてもらった人の車で勝手にクーラー付けるなんて!
本当に悪徳セールスなんじゃ…
と暑い暑い言っている助手席を見ると、汗が耳の前を流れていたためしょうがないと寺島さんの家へ向かった。
寺島さんが引っ越して来てから、1日数人しか訪れなかった私のカフェ『ツバキ』に1日15人前後の人が集まるようになった。
古くからの知り合いしかいないこの村で、カフェは要らないと言われたこともあったが本業は市場に卸している野菜農家で、育てたオーガニック野菜を使ったパスタやケーキ、ジュースを販売している。
オーガニック料理が食べられて嬉しい、と寺島さんは毎日のように来てくれて寺島さん目当ての村の人がツバキに来てくれるようになったのだ。
そのおかげで何とかお店が回っている。
今日は店が休みだが、寺島さんに新作の野菜ジュースを試飲してもらうために寄る用事もあるのだ。
5分と言っても真っ直ぐな道をただまっすぐ進むだけ
あっという間に到着した。
「じじい、こんなでかい家をこんなとこに建てたのか」
と驚きながら車を降りて行った。
お礼もないのかい?と思ったが悪徳セールスマンはしないかと椿も車を降りた。
寺島さんのお家は村人たちからはお城の愛称で呼ばれているほど大きなお家だ。
庭の花壇の手入れをしていた寺島さんは、すぐに顔を出した。
「おや、二人揃って。椿ちゃん乗せて来てくれてありがとう」
「いえ、私も用事があったので」
と新作が入った水筒を見せた。
「待ってたよ。家の中でいただこう」
家の中は和風の雰囲気のある作りでスタイリッシュなインテリアと相性が良く、祖父と同世代には思えないセンスの良さが溢れていた。
車を降りた時、二人揃ってと言っていたからどうやらこのセールスマンとは知り合いらしい。
セールスマンは家の中をガツガツ進み、ソファーに座って寛いでいる。
どこに座れば良いのかわからなかったので、すぐ手前のソファーの隅に腰を下ろした。
寺島さんがコップを3つ持って来てくれたので早速試飲をしてもらった。
「お今回はレモンが効いてて爽やかだね」
「この間頂いたので試してみました」
「ほら奏も飲んでみなさい」
「美味しい。野菜ジュース嫌いだけど、これは飲める」
驚きながら嬉しそうな顔をする奏も見て、椿は嬉しくなった。
「実は椿ちゃんに頼があって、奏を少しの間アルバイトとして雇ってくれないか?」
「おじいさん!それはどう言う意味ですか?会社はやめろってことですか?」
「そうではない。しばらくここに住んで花を知れと言っているのだ。本で見ただけじゃ分かっているとは言えない。経営だけできれば社長になれるわけではないんだぞ」
奏は明らかに怒っているようだが、寺島さんは優しい顔をしたまま
「給料は私が払うから心配しなくていい。一緒に畑やってツバキで料理を教えてやってくれ。こないだ人手が欲しいと言っていただろう?」
「確かに言いましたけど…」
何なんだこの想定外の展開は。
寺島さんと一緒に警察に突き出すことを予想していたのに。
「とりあえず一か月。よろしくお願いしますね。
奏、荷物は上の部屋に運ばれてあるから、戻る必要はないぞ」
この後公民館でお茶会があるから、と寺島さんは家を出ていってしまった。
「初めからそういうつもりかよ」
ネクタイを緩めながら吐き捨てるように言う。
雑な態度だが妙にしっくりくるのはこれが普段の姿なのであろう。
確実に寺島さんの前では猫かぶっている。
「何でじじいと仲がいいんだ。この田舎の人だろ」
「オーガニックカフェやっていて、知り合いに。
あの、あたし人に教える事とかないし、出来ないんで。帰ります」
家を出ようとすると、奏が追いかけて来た。
「待って!待ってよ。それじゃ俺が次社長のなれなくなる。じじいの言うことは絶対なんだよ」
「絶対って、断れば分かってくれると思います。そんな強引ではなかったです」
「強引じゃないって、あの顔どう見ても絶対だったぞ」
「いえ!いつもの優しい顔してました!」
「まじかよ、あの顔が優しいって友達いないでしょ」
不愉快。
「いませんけど。何ですか?乗せてもらってお礼も言えないような人に言われたくありません」
寺島さんには明日断りに来よう。
そのまま勢いよく車の扉を閉めカフェに向かった。
カフェの周りは祖母から継いだ畑が広がっていて、無農薬栽培の自慢の畑だ。
一階で作業をしている祖母に声をかけ、二階へ上がった。
二階の部屋には私の好みで固め癒しの空間になっている。
お気に入り木の椅子に座り外を眺めながらさっきのできごとを思い出す。
奏に言われた友達がいないというのは本当のことだった。
昔から人付き合いが苦手で周りの友達という距離が分からず、気がついたら人付き合いはしなくなっていた。
そんな私を見兼ねた母が、祖母のいるここの村で生活して来たらと声をかけてくれた。
バリバリのキャリアウーマンの母からしたら、人とコミュニケーションが取れない娘はどう写っているのだろうか。
思っていることはあるだろううが笑顔で見送ってくれた。
ここに来て3がたち、祖母の世代の人とは躊躇なく話ができるようになった