帰路
イリスと暫しの別れをし、再会の約束をして僕は今、ダルさんが御者をする馬車で、ニーナさんと共にブルーリーフへの帰路についていた。
初めてのお使いで王都に来て、イリスの婚約者に内定したり、Cランク冒険者となってクエストをしたり、グレイさんやニーナさんと稽古をしたり、お忍びで遊びに来るイリスと遊んだりと中々に忙しい日々だった。
王都での事を考えると少し寂しいが、ブルーリーフでは、父様や母様が待っててくれると思うと少し気が紛れる。
そうして馬車からの景色をぼーっと見ながらガタガタと馬車に揺られている。
王都へ向かった時と違うのは、護衛して貰った冒険者パーティー【風雷】のポーターさんとキャリーさんがいない事だ。
二人は既にクエストの為、違う街へと向かっていたし、僕自身がCランク冒険者となっていたので、帰路は護衛はつけなかった。
帰る間際にグレイさんが、"私が護衛としてお供して、あちらで少し旦那様を鍛え直しますかな''と冗談とも取れないぐらいの笑っていない目をしながら言っていたが、余りに父様が可愛そうで"父様が王都に来た時よろしくね"と言っておいた。これで父様の寿命が延びただろう。
僕としてはグレイさんに稽古をつけて貰うのは楽しかったから良かったんだけどな...。
色々と思い返しては、しみじみとしている僕にニーナさんは黙って寄り添ってくれていた。
「ん?」
「若様?如何なさいました?」
「う〜ん、あっちの方には道はなかったよね?」
「はい。王都からブルーリーフへの道はこの一本だけですが、何か?」
「ん。あっちの方で馬車の幌みたいなものが少し見えた気がしたんだ。気のせいかもしれないけど」
「少しお待ちを」
そう言ってニーナさんが全身から魔力を溢れ出し、薄く広げていった。
「ん?んん!」
ニーナさんが、何かに反応した。
「若様!確かにあちらに何者かがいる様です。盗賊か、襲われた者かまではわかりませんが!」
えっ!僕もさっきのニーナさんみたいに見様見真似で魔力を薄く広げていく。
「いた!息の無い大人が二人と二人に覆われた子供?そして?殺気を振り撒く者が四人!やっ、やばいやつだ!」
僕は腰の刀を抜きつつ馬車から飛び出していた。
「わっ!若様!」
ニーナさんの声を置き去りに王都でグレイさんに教えて貰った縮地という一瞬で間合いを詰める歩法を連続で繰り出し、急ぎ近づく。
間に合え!
「キィン!!」
今まさにならず者らしき奴らが大人の影になっている子供へ殺気を発しながら剣を振り下ろし当たる瞬間!僕は刀を割り込ませた。
「あなた達は子供に向かってなんて事をするんですか!」
僕は子供に剣を振るった奴に怒気を含ませながら言った。
「ん!なんだお前は!どっから出てきやがった!」
「なんだなんだ?おっ綺麗なおべべをきた小鴨が迷い込んだか?」
「あん?今そこの子供を親達のところへ送ってやるからよ。ちょっと待ってな、英雄ごっこちゃん。」
「早くやってしまおうぜ!オラぁ腹が減ったぜ」
そう言う奴らを見据えながら脇目に子供を見ると、既に息のない両親に向かって目を覚ます様、必死で縋り付き泣いている姿が見えた...。
僕は我を失った...。いつか見た憤怒の表情で邪気を踏み付ける神の様に。
「おらぁ!」
我を忘れた僕は残歩を繰り出し三体の残像と共に刀を一閃させた。
「ひゅっ!しゃっ!びゅっ!びゅぉ!」
「「「「えっ?」」」」
愚か者達は素っ頓狂な声をあげ白目を剥いた。
僕は奴らを見据えながら残心を残し、一息してから納刀した。すると、奴らの首筋に赤い線が浮かび上がったかと思うと首が横にズレ落ち、切断面から血を吹き出しつつ奴らの体が力なく崩れ落ちる。
「ふぅぅ。」
この時、僕は初めて人を殺めた。しかし不思議と後悔は無かった。只々、この物言わぬ両親が自らを盾に守った宝物を助けられた事が嬉しかった。
「君、大丈夫かい?」
僕は泣き喚く子供へ限りなく優しく声をかける。
「うぇぇん...お母さんっ!お父さんっ!起きてよう!目を覚ましてよぉ!僕を一人にしないでよぉ...」
いまだ目を覚さぬ両親にいつ迄も縋り付き泣いている...。まだ僕の声は届かないようだ...。
そうして泣き続ける子供を見守っていた僕の隣にはいつの間にかニーナさんが寄り添ってくれていた。
そうして暫く泣いていた子供は泣き疲れたのか段々と声が小さくなり、いつの間にか寝息をたてていた。
「ニーナさん。この子は此処には置いていけない。一旦ブルーリーフへ連れて帰るよ。良いかな?」
「はい。若様のお気が済むままに」
そうして僕は子供を抱きあげ、馬車へと乗せた。
子供の両親とならず者達はニーナさんが氷結の魔法で凍らせてくれたので僕の異次元倉庫へと収容する。
残された荷物も一応一緒に入れてある。身分証か何か、手掛かりになる物があれば良いんだけど。
泣き腫らした顔で眠りについているこの子の髪を優しく撫でると胸が苦しく締め付けられる。
この生きる事に厳しい世界をより良くする為に、僕に何が出来るか考えよう。この世界を愛する婚約者の為にも...。