第3話「 始まりの幻 」
驚いて動けないのはどちらもだった。
再び会えるはずもなかった2人、
目の前に現れるはずのなかった人、
幻だとは思えない目の前の人物、
思わぬ 再会 に息を呑んだのはほぼ同時。
しばしの硬直後、先に動いたのは彼女、ジャンヌの方だった。
「あぁ、また貴方に会えるなんて」
胸に手を置いてふと息をつくと顔を綻ばせて、あの優しい声色で零すようにそう口にした。
益々現実味を帯びる目の前のジャンヌに頭を抑えて否定した。
何に対抗しているのか、ここですんなりと受け入れるのは何故かしゃくだった。
「…幻覚が見えるレベルか……」
「何故です!?」
「ちょっと顔洗ってくるか」
「待ってください!私は幻覚などではありませんよ!」
必死に訴える幻覚…いや、彼女に思わず振り返った。
少しムッとしたように、しかし真剣にこちらを真っ直ぐ見つめる眼と眼がかち合ってしまって。
「っ、ふ、普通幻覚だと思うだろ!死んだ人間、ましてや歴史上の人間で有名人のジャンヌ・ダルク?んなもん目の前に現れたって自分の頭か目ん玉がイカれたとしか思わねぇだろ!ふ つ う!!!」
「貴方の頭も眼も正常です!私が保証します!」
「幻覚に保証されても信じれるかっての!!」
「だから私は幻覚などでは……!!」
思わず彼女を怒鳴りつけたのを皮切りにちょっとした喧嘩、言い合いが始まって。
彼の頭の中からはすっかりここが自分以外もいる家の中で、夜だということが抜け落ちてしまったらしい。
そうして騒いでいれば当然誰も見にこない、とはならず。ジャンヌがまた否定の言葉を口にした時それを遮るように背後の廊下から声がする。
「ちょっと、何騒いでるの」
「へっ、か、母さっ、ま、まて!今来んな!」
彼の願い虚しく何も知らない母はその歩みを止めない。止める彼の肩から部屋を覗いて、顔を顰めた。
見られた、と思いつつも。これはある意味不法侵入だ、それも相手はまぁ知り合い、という妄想があるとはいえ、いやまぁ、良く、思ってないわけじゃないがあまり良くは思っていないというかまぁそんなジャンヌだ。なにを庇っているのだろうか、それも幻覚だと自分でも言っていたはずなのに。
そんな思考に辿り着き、何を慌てていたんだと肩を落として落ち着いた。
「…何してるの。1人で」
「……」
やっぱり幻覚かと結論づけて。けれど思わずジャンヌを見た。帰ってくるのは困ったような笑みで、チクリと胸に何か刺さる感覚に首を振った。
あれはやっぱり幻覚だ。
もう一度自分に言い聞かせて、母に対して口を動かす
「あー、いや、ごめん、その……む、虫がな、いたんだ。でっかいの。それに驚いて…」
「虫ぃ?…男の子のくせに情けない……。」
「う、はは、は……」
我ながら苦しい言い訳にも程がある。これなら正直に幻覚が見えて動揺したと言った方が良かっただろうか、いや、どちらにしろ情けないか。
呆れたように息を吐いてこちらを見る母に苦笑いで返す。
ここに来た目的を終えた母は”もう私たちは寝るんだから出来るだけ静かに”とだけ残して背を向けた。階段を降り切ったのを耳をすませて確認して、ふぅと息をついた。
己の母親ながらそこそこいい母親だとは思っている。世の母親と比べればきっとそこまで口うるさい方ではないだろうし、小学高学年から中学にかけての不登校もいつも自分に合わせてくれていたから。
とそんな事は置いておいて。
ジャンヌを一瞥して、とりあえずと部屋に入った。
相変わらず目の前に居続ける彼女、幻とはこんなにも長く見える物なのか、もしや自分の妄想のせいでもあるのだろうかなんてことを考えて。幻なのだから放っておけばいい、のに。なぜだか放ってはおけなくて、話しかけてしまった。
「…あー、やっぱ、幻覚か」
「……いえ、幻覚ではない、とハッキリ否定出来ます。
私は、正真正銘貴方の知っている、ジャンヌです。」
「けれど、何故今ここに、私がこうして存在しているのかは、私でもわかりません。
気付いたらここにいました…。」
「……」
困ったように、どこか少しだけ悲しそうに、俯いて言葉を並べる彼女はやっぱり 本当に幻か? なんて思わせてしまって。
慌てて あぁ違う、幻だ と言い聞かせて。
何も返さない彼に彼女は続ける。
「わかるのは、どうやら私を視認できるのは貴方だけ、という事くらいでしょうか」
「…つうか、お前が俺の幻覚じゃないってんなら、なんでさ、日本語話せて理解出来んだよ…」
「それも、わかりません。けれど言語を理解する事も話す事も出来ます。」
「………随分、都合のいいもんだな、」
幻覚相手にどうしてこうも会話を投げ掛けているとまた心の中でため息をついて。頭をかいて吐き出すように都合が良いと言えば彼女はまた困ったように笑みを浮かべた。
幻と言えど彼女に、かのジャンヌにそんな顔をさせている事に少し罪悪感を感じて、いやまぁそれを言うならジャンヌに対してお前やアンタと呼んだり言葉遣いが荒かったりと色々問題は出てくるのだが。
「………けれど、例えこれが貴方の言う通り、幻、幻覚だったとしても、また会えるなんて、嬉しい事です。思ってもいませんでした」
「…俺は会いたくなかった、」
優しく、本当に嬉しいとでも言うようにくしゃりと笑ってそう言う彼女に、俺はまた、”いつもの様に”捻くれた言葉を投げ返す。
「まぁ酷い」
「ふふ、相変わらずの様ですね。安心しました」
「……そうかい、お前も相変わらずのよーで、」
捻くれた言葉をものともせずに笑うのも”いつも通り”。あぁ、自分は何を、妄想を現実にあった事のように考えている?馬鹿馬鹿しい。
けれどやはり、脳裏に鮮明に、いつかの光景が、日常が、うつった。現代じゃぁないいつかの光景。
あぁ、なんだ、こんな展開、よくあるネット小説みたいな。この後彼女は”ここにいさせてはくれないか”とか言うんだろうか帰れるまでみたいな。主人公に都合のいい展開の様に。いやまぁ自分は主人公でもなんでもないけれど。
でもやっぱり彼女の事だから”迷惑だから”と去っていったりするのだろうか。
少し寂しい、折角また会えたのに
そんな言葉が頭をよぎって、いや幻相手に何をとまた
頭を振った。
あぁでも、どの展開でもどうせ、何番煎じかわからん展開なのだろう