運命の日(前日譚)
行きにはよく分からない魔物に襲われたが帰りは特に危うげなことなく帰ることができた。アズール村は周りに危険な魔物もいなければ野盗の類いもいないため門番もいない。魔除け効果のある石をいたるところに埋めてあるので安心だ。それでもオオカミなどの肉食の動物には気をつけないといけないが。まあ、村の人が襲われたなんて聞いたことなんてないから大丈夫だと思うけど。
つまり何を意味するかというと人が少ないこの村では僕が帰ってきても誰にも気がついてもらえない可能性が高く寂しいということだ。
「そうだよね‥わかってた。寂しくなんてないよ。ただいまー!!」
誰も聞いていないだろうけど僕は全力でただいまと叫んだ後、まず最初に自分の帰りを知らせるために村長の家に向か
った。
村長の家に向かうというということは出掛けていなければ必然的にアイツと会うことになる。その足取りはちょっとだけ重かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結果的にはレイズはどうやら出掛けていたようで、特に問題も起こることなく村長のガスさんに歓迎されることになった。ガスさんは息子が出掛けていることを残念に思っていたが、僕にとってはそれでよかったのかも知れない。あってもケンカになるだけだし、無駄にお互いに傷つく必要もない。
「よく無事に帰ってきたね!待ってたよ」
「はい!ただいま戻りました」
「どうだった?初めての冒険は‥」
「そうですね‥自分の限界について知るよい機会になったと思います」
言葉を選ぶなかで、蘇る記憶はあのシカを助けようと思って助けることができなかった無力な自分、そしてあの魔物に襲われ自分の身を守ることすらできないという自分だ。まだ、自分は子供なんだと思い知るには十分な出来事だった。みんなを守るという自分の願いがどれだけ重いものだったのか‥
その願いに届くために努力しなくてはいけないな。
「‥‥何人もみてきたけど、そんな事を言う子は珍しいな。今までの子にない経験をしたんだね‥。とりあえず、これからの予定について話すよ」
その言葉を聞いてピンときた。
「祝祭についてですね!」
「そうそう。まあ、いつも通り盛大とはいかないけどやらせてもらうよ。まあ、あんなんでも一応準備しないといけないことがあるから2日後になるけど。とりあえず、今日は何もないから早く家に帰りなさい。リーアさん心配していると思うから」
「はい。失礼します」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「たった1日そこらだというのに‥‥」
短い時間だったというのに凄まじい成長を見せてくれる。だから私はこの時が楽しみで仕方がない。そして、自分に与えられた祝福でどのような未来を掴み取るのかを‥‥。
私は与えられた祝福で全てが決まるとは思っていない。確かに与えられた祝福により大きな差が生まれる。私も若い頃はこの村から飛び出して冒険者として活動した経歴がある。私に私に与えられた祝福は神デゥクスの祝福だ。導きの神デゥクスに祝福されたものは統率力に優れる。私と同時期に冒険者になったバルガナの戦士がいた。その冒険者とは長年共に行動して共に修行を重ねたのだが、どうしても力に関しては圧倒的に差があったといえる。戦うことに関する技術については差が無かったと思うが修行の相手になったとき、まるで一つ目の巨人『サイクロプス』という魔物を相手にしている気分になった。デゥクスの祝福を受けたのだから、戦うなんて野蛮なことをしないで人の上に立つことをしたらどうだとよく言われたが祝福などにとらわれず、したいことをしたらいいと思っている。
祝福で将来を決める特に帝都でその考え方は根強いが、この村でもその考え方が根本的にある。これは私の直感なんだが、あの少年はこの現状を変えるそんな気がする。
「プロディオ見ていただろう?」
ガスがそう呼びかけると部屋の片隅にあった甲冑の置物の裏から一人の青年が現れた。歳は20代であろう。髪は白く、長身で気の優しく穏やかさを感じさせる。
「ええ‥‥見ていましたよ」
「いつもみたいに透明化の魔法を使っていたんだろう?なんでまたそんなとこから?」
「使っていましたよ。廊下ですれ違ったときにバレてしまいましたが…。彼の目は何か特別なんでしょうね。少なくとも普通の反応からすると魔力を見ているわけではなさそうですが…。なので甲冑の後ろに身を隠していました」
「ふむ‥バレていたなら私の側近のふりをしていればよかったのでは?というかもう、私の側近みたいなものだろう。そう頑なに姿を見せないようにするのはやめてもいいんだぞ?」
「無理ですね!!あなたと話すことは慣れましたが…やっぱり人前は緊張するのです。この村の人たちは優しい人たちばかりです。ですが、ですが、大勢の人から注目されると…」
この青年の恥ずかしがり屋は出会った5年前から変わらずである。この青年のことを知っているのは多分、私とここに居る3人の使用人だけなのではないだろうか。この性格を除けば容姿端麗で村の女性からもモテそうなのにもったいない。
「僕のことはとにかく、彼がどの神の祝福をされたのか知りたいのでしょう?」
「そうだった。で、彼はどの神から祝福されているんだ?」
プロディオは少しの間沈黙した後、口を開いた。
「彼は…神からの祝福を受けていません。彼から神気が全く見られませんでした」
「何かの間違いじゃないか?」
プロディオは祝福、魔力とは違う普通の人が知覚できないそれを色として見ることができる。稀有な力の持ち主でもある。魔力を可視化できる人間も珍しい…ただし、普通の人でも魔力が濃ければ見ることはできるため、ただ感覚が優れている魔力可視化とは違うおそらく彼だけのものだろう。残念なことは占術で使う魔道具で分かるため重宝されないことだ。
「間違いなく。彼は…」
「そうか…」
神の祝福がないそれが何を意味するのか…この国イディシアでは神から愛されなかった者、産まれながら罪を背負った者と考える人が多い。特に教会の総本山である帝都ではその考えが浸透している。今はそれほどではないが、昔はかなり差別的な扱いをされてきたりする。
ここではこの国が布教している。ノーヴェス教を信仰するのは代々信仰してきた私‥すなわちブロス家、10年ほど前にこの村に移り住んだ彼のアレスティア家、帝都の騎士家系であるディエナス家、行商で村を支えてくれているリーゼル家とあと個人で信仰している人が数人いるかである。
その他は他国の人やそもそも信仰という心を持ち合わせていないような人が大半だ。私は信仰個人の自由だと思っている。だが、この事が表立つとけっこう面倒なので表向きはノーヴェス教を村で信仰していることにしている。
私はノーヴェス教信者といっても熱心な信者ではないし、そういった差別主義者でもない。村の住人もそうだと思う。
「さて…どうしたものか。2日後にはミラ婆さんの占術で村の全員に知れ渡る。彼の様子を見る感じ祝福がないと分かった時の心傷はさぞ大きいものだろう…」
「どうしますか?僕の魔法ならごまかす事ができますが…」
「いや、ダメだ。それでは彼のためにならない。何かいい手があればいいんだが…」
しばらくの間一緒に考えた二人だったが具体的な案が出ることはなかった。
「ふむ…やはりいつも通りでいこう。それで村人全員を私が説得してみせる。なあに心配ないなんだかんだいい人ばかりだ分かってくれるさ」
「そうですね。なんだかんだで変わり者が多いですからね。僕も含めて」
お互いに笑い合うとさっそく祝祭の準備に取りかかるとガスは書斎を後にし、祝祭について段取りを決めるべく集合場所である広場に向かった。
「さて、私もできることをしましょうかね。」
プロディオはガスを見送った後、いつものように透明化の魔法を使用すると使用人に存在を気取られないように村長の家から脱出するのであった…。