エンカウント
数十分ほど休憩した後、僕はまた進み始めた。草原の景色はもう見えなくなり、今は林の中にいる。アーバレス山までは後少しといったとこであろうか。
「図鑑でしか見たことのない虫が飛んでる‥!」
村では見ることがない虫だ。捕まえて観察したいところだが今は我慢しよう。図鑑で見て読んだ知識から知ったことだが、世の中には毒を持つ虫もいるらしい。大雑把ではあるが蝶や蛾の幼虫が毒を持っていることが多いようだ。とりあえずは興味本位で知らないものに触らないようにしよう。
草原とはまた違った虫、植物、景色・・・どれも不思議で、美しくて、興味深くて仕方がない。
「・・・?なんの鳴き声だろう?」
かなり、遠くから聞こえたような感じだった。野生の動物だろうか?自分が知っているのはオオカミや村で飼っているクックルという鳥だけだ。声の主を特定するには自分の知る世界は狭すぎた。
最悪なことに声は前方から聞こえたことだ。クマとか大型の動物だったら勝ち目がない。ナイフはあるが自分の力で倒す光景を想像することができなかった。慎重に進むしかない‥。
「なるべく、見晴らしがいいとこを進むか…」
しばらくの間、慎重に進んだが特に何かに出くわすことはなかった。どうやら心配はもういらないらしい。
空を見上げ、太陽の位置を見る。どやら進捗は良くないらしい。どうやらとっくに昼は過ぎてしまっているようだ。そして、思い出したようにお腹がなった。
「そういえば、今まで何も食べていなかったな‥。ちょうど座りやすそうな岩がある。あそこで食べるか」
岩に座り、バッグの中からおにぎりを取り出すと包みを外し、思いっきり頬張る。程よい塩加減で空きっ腹にはとても美味しかった。
山の麓はもう見えている。一気に行ってしまおう!
山へと駆け出し、しばらく経ったときだった。視界に入ってしまったんだ。ケガをした動物を‥‥。放っておくと‥そうでなくてもいずれは死ぬだろう。見捨てれば‥‥だけど、そんなことは僕にはできなかった。
「バカだなぁ僕は‥‥」
本当にレイズにバカにされるだろう行為を僕はしている自覚がある。助けても自分の特になるそんなことはないのに。だけど‥これは僕の性分だ仕方がない。頑張って、助けて救えなかったとしても関係ない。
僕は急いでケガをした動物、シカに駆け寄る。
「大丈夫?今助けるから!!うわ!!」
駆け寄った瞬間、物陰から何かが覆いかぶさるように飛び出した。僕はそれに突き飛ばされ地面を転がった。
「っっつ‥。なんだ、あいつ…」
ドロドロとした体でシカを覆っていた。そうまるで、大きな口を開けて捕食する肉食動物のように。僕の頭はすっかり、鹿を助けるということを忘れて急いで逃げることを考えていた。あの異質な存在は魔物だ。見たことはないが感じる。目の前にいるだけで肌がピリピリして、体が重い。心臓は早鐘のようになっている。
___逃げないと。いまの僕に勝ち目はない。標的が僕に変わる前に。アーバレス山まで逃げ切ることができたら、助かるはず___。
どうやら僕の考えは甘かったようだ。あの魔物は知性でも持っているのだろうか?捕らえた獲物を仕留めると食べることもせずに標的を僕に変えた。
「なんで・・・!?」
目も、鼻も、口すらない、それからは確かな殺意を感じた。魔除けのお守りがなぜ効いていないのかなんて考える暇もなく、僕は走り出した!!
「はぁ、はぁ…追ってくるな!!」
脚が重く、うまく呼吸ができない。生まれて初めて命が脅かされる恐怖を僕は感じた。アーバレス山まであと少しだというのに距離が遠く感じる。まるで自分の時が無限にでも引き伸ばされたようだ。
形無き殺戮者はもう背後に迫りその命を無残にも奪い去ろうとしていた。
——もうだめだ。
僕もあのシカと同じように殺されてしまうのだ。そう思い死を覚悟した・・・。だがその時はどれだけ経っても訪れることはなかった。
「あれ…?」
死ぬ間際に固く閉じた目を開け自分の体を確認する。しかし、傷らしい傷はなく五体満足である。恐る恐る背後を振り返るとそこに魔物の姿はなく___代わりに緑に光る石が落ちていた。
「どうして助かったんだろう…」
理由がわからないが運が良かった。そうとしか思えない。アーバレス山にはまだ辿り着いていないというのに…。精々、麓といったところである。
命の危機から解放されたことに安堵すると自然と涙が出てきた。また、母さんにリエナに村のみんなに会えるのだと思うと嬉しくて仕方がなかった。
アーバレス山は浄化の力があると村の誰かに教えてもらったような気がするが、がこんなに凄いものなのか__。
しばらく考えた末に、アーバレス山の浄化の力によって浄化されたということで納得することにした。
それにこの石…なんだろう?
薄緑に光る石__。まるで、拾ってくれと主張しているみたいにポツリと地面に落ちていた。よくは分からないが、この石は何処かあの魔物の持っていた雰囲気を感じさせるが‥‥気のせいだろうか?
持っていたハンカチでその石を包み込みカバンに入れた。帰ったらコレが何か村の人に聞いてみよう。
何か分かるかもしれない。
・・・・・悔しい。逃げることしかできなかった自分が。人ではないとはいえ‥助けると決めた自分の矜持すら突き通せなかった弱い自分が。力が欲しい。
そう願わずにはいられなかった。家族を守るためにも、村のみんなを守るためにも‥‥このままでは誰も守れない。僕は力が欲しい。僕は心の中でそう何度も呟いた。