ハエトリグモ・パーティなんて
良さげな中古物件を見つけたものだから、僕は夏に購入してそこに引っ越しをした。しばらくは何の問題もなかったのだけど、秋の初め頃に異変があった。
何だか知らないが、ぴょんぴょんと跳ねる小さなクモを部屋の中でしょっちゅう見かけるようになったんだ。庭を探してみると、わらわらと出て来る。
ネットで調べてみたら、ハエトリグモという徘徊性のクモらしかった。害は特になさそうだが、いっぱいいるってだけで気持ちが悪い。ハエトリグモ・パーティなんて御免被る。それで僕は、害虫駆除の仕事をしている友人に頼んで、駆除をしてもらうことにしたのだった。
「おお、これは珍しい。本当に大量発生しているぞ」
その友人は来るなり庭に入り、大量のハエトリグモを確認して何故だか喜んでいた。それからおもむろに虫かごを取り出すと、「貰っちゃっていいんだよな?」と断ってから、器用にひょいひょいとハエトリグモを捕まえてはその中に入れていった。
てっきり薬かなんかで一気に殺すものだとばかり思っていた僕はそれを不思議に思った。
「そんな面倒そうな方法で駆除するのか?」
それでそう尋ねた。すると、友人は「駆除? とんでもない」とそう言うのだ。
「ハエトリグモは人気あるんだぞ? ネットで“ハエトリグモ かわいい”って検索かけてみろ」
言われた通りにしてみると、確かに人気があるようで、“かわいい”とコメントしている人がたくさんいた。
「いや、でも、クモだぞ? しかも、こんなにたくさんいるし。いらないだろう?」
僕はそれにそう反論したのだが、友人はこう言うのだった。
「ところがどっこい、このハエトリグモには導入天敵って利用方法もあるんだ」
「導入天敵?」
「畑とかに放して害虫を食べてもらうんだよ、ハエトリグモに。生物農薬とかって言われていたりもする」
「ああ、なるほどな」
ここで捕まえたハエトリグモを、こいつはその導入天敵として使うつもりなのだろう。売るのかどうするのかは分からないが。
ひょいひょいとハエトリグモを捕まえながら、不意に友人はこんな事を言った。
「ところで、一応もう一度確認するが、本当に良いんだよな? 俺がここのハエトリグモを貰っていっちまって」
「良いよ。僕は別にいらないし」
その僕の答えに友人は「そうか?」と返すと、こんな変な事を言った。
「でもな、自然の摂理ってのがあってな。ここにこうしてハエトリグモが大量発生しているのにだって、それなりの理由があるのかもしれないんだぜ?」
僕にはその意味がよく分からなかった。
「摂理って?」
それでそう返すと、「ネットで“大躍進政策 雀”で検索してみろよ。中々、含蓄ある話が出て来るからさ」とそう言って来た。
僕は不思議に思ったけれど、言われた通りに検索してみた。
すると、中国の大躍進政策において、雀を作物を食べると害鳥として駆除してしまった結果、雀が食べていた害虫が大量に増えて作物を食い荒らし、飢饉が起こってたくさんの人が餓死した事件があったなんて記事が出て来た。
なるほど、含蓄あるかもしれない。
だけど、僕にはそれが何を意味するのか分からなかった。
それで「これが?」と尋ねてみたのだ。すると友人は「分からないのなら、それで良いよ」と言う。そして、ハエトリグモをあらかた取り終えると、さっさと帰ってしまったのだった。
僕には本当に意味が分からなかった。
が、それから数日が過ぎてその意味が分かった。
家の庭にコバエがたくさん発生し始めたのだ。もちろん、それはコバエを食べてくれていたハエトリグモがいなくなってしまったからだろう。
……どうやら僕は、物事を単純に捉えてしまう、自然の摂理を理解しない愚かな人間の一人であるらしかった。
「――最近、家の庭にゲジゲジがたくさん出るんだよ。気持ち悪くってさ」
ある日、職場の飲み会の席で同僚の一人がそんな事を言った。僕は素早くスマフォで検索するとこう忠告する。
「気持ち悪くっても、絶対に駆除しない方が良いぞ」
同僚は不思議そうに「なんで?」と訊いてくる。それで僕はこう返した。
「いわゆる自然の摂理ってやつだよ、自然の」
僕のその言葉に同僚は「はぁ?」声を上げた。
……ネット情報によれば、どうやらゲジゲジはゴキブリを食べてくれるらしいのだ。ゴキブリよりは、ゲジゲジの方がはるかにマシだと僕は思う。