異世界転生のようです
ちょくちょく本文中の言い回しなどを訂正することがありますが、話の流れを大きく変えてしまうような訂正をするつもりはありませんので読み直す必要はありません。
「ーーー」
「んぅ…」
遠くで微かに聞こえる誰かの声に私の意識は急激に浮上する。いつも通りの朝のはずなのにとても長い年月を眠っていたような気がします。
「お嬢様…?お目覚めになられたんですね!」
私のことを呼ぶその声に答えるように瞼を開けば、ベッドに横になっている私のすぐ隣には所謂メイド服というものに身を包んだ女性が立っていました。そして女性からいったん目を離して周りを見れば明らかに高級そうな家具や小物の数々。
「ここは…」
突然の状況に混乱しつつも何とか絞り出した自分の声は長年聞き慣れているはずのものにも関わらず違和感を感じ、眠りから覚めて徐々に鮮明になった意識は身体の感覚にも微かな違和感があることを訴えかける。思えば頭部もどこか重く感じるし視界の端には私自身の物と思われる金色の髪がちらちら見えた。
「ここはお嬢様のお部屋です。お嬢様はパーティーで意識を失われてすぐにお屋敷の方へと運ばれて、治癒術師に治療を施されました。命に別状はないとのことでしたが一週間もの間お眠りになっていたため、ご当主様のクラウス様を始めとした皆さまが心配していらっしゃいました…お嬢様?」
「…ごめんなさい、手鏡はあるかしら」
「? 手鏡ですね、、、こちらです」
メイドさんはそう言うと、ドレッサーの方へと向かい小物入れから小さな手鏡を取り出してこちらに持手渡してくれる。
「……っ」
そうして受け取った手鏡を自分に向ければ、そこには一人の美少女が鏡に映っていた。腰まで伸ばされた金色の髪にガラス玉のように明るく綺麗な碧眼。釣り目がちなその眼からはきつそうな印象を与えてしまいそうなものの、それが逆に幼さが残る顔に大人の美しさのようなものを与えてくれているようにも見えた。しかし、その自分のものであるはずの顔ですら初めて見るような感覚に襲われてしまう。
「安心してください、適切な治療を施されたので顔に残ってしまうような傷はないようです……お嬢様?」
「ああ、ごめんなさい。まだ目が覚めたばかりで混乱しているようですわ。モナには申し訳ないのですけれど、少しだけ一人にしてくださるかしら」
「…!」
鏡をじっと覗いたまま固まっている私を心配そうに見つめてくるメイドさんには悪いけど、今の状況を整理するために一人でゆっくりと考えさせてほしい。そう思っていたら私は自然とそんな言葉を口走っていた。知らないはずのメイドさんの名前をなぜか知っていることや自分の口調などに思わず驚いてしまうが、目の前のメイドさんもまた何かに驚いてる様子。
「モナさん?」
「は、はい!…いえ、承知しました。で、では私はご当主様にお嬢様がお目覚めになりましたことを知らせて参りますので、何かありましたら部屋の外にいる者をお呼びください」
そう言い残してメイドさん…モナさんは部屋から逃げるように出て行きました。そこまで慌てなくても…モナさんの様子は気にはなるものの、状況確認をするのが先決ですので今は深く考えないことにします。
◇
私の名前はクローディア・ベルフォート。この国、リデラ王国にて王族の次に権力を持つとされる三つの公爵家のうちのひとつ、ベルフォート公爵家の長女。現当主であるお父様にお母様、お兄様に今年で六歳になる一つ下の妹といった家族構成。両親に甘やかされたせいか、わがまま放題、自分の望んだ通りに物事が進まないと気が済まないといった傲慢な性格に育ち、今までも使用人に対して度々問題を起こしてしまっている。公式の場に顔を出したのは今回私が事故にあうきっかけとなった七歳の誕生日パーティーが初めてではあるものの、その振る舞いや態度から既に周囲からある程度察されてしまっている様子。
「はぁ…」
頭の中に徐々に浮かび上がってきた今世での記憶をどこか他人事のように眺めた私はつい、ため息を漏らしてしまう。記憶が戻る前のこととはいえ、少々目に余るものが多い。こればかりは今悩んでもすぐにどうにかできるものではないのでこれからの行動で心を入れ替えたと周りに示していくしかないですね。
次に目を覚ましてから感じていた違和感についてです。どうやら私には前世の記憶、こことは違う世界の日本という国で十八年間生活をしていた頃の記憶があるようです。恐らく思い出すきっかけとなったのは先日の誕生日パーティーの事故でしょうね。記憶だけとはいえ今世で私が生きている倍の年月の記憶を突然思い出してしまったせいで、私自身の顔や声、環境に何ともいえない違和感を感じたのでしょう。記憶が戻る前の傲慢な性格が鳴りを潜めたのも、前世の方が濃厚な記憶だったために塗りつぶされたためでしょうね。何はともあれ、今は取り返しのつかないことになる前に、自分の過ちに気付けたことを素直に喜ぶべきでしょう。
さて、この前世の記憶。私の傲慢な性格を矯正してくださったり、私の役に立ちそうな知識を与えてくれたりと至れり尽くせりなのですが実は一つ、大きな問題があります。それは…
前世で私が男性だったということです。