狩
改行にミスがありますすいません。
吐く息は白く、曇天を見上げれば心も曇るようだ。
早朝の寒さが肌を刺す。
日課の剣の稽古を終え、パードレが待つ家に向かう。肩に掛けた木剣で、路肩に積もった雪を軽く払う。
この村に来てから三度目の冬。毎年この時期は村一面に雪が積もり、みんなで雪かきをするのがこの村の伝統だ。
今年は一段と大変そうだ.....。 レブのやつ、もう家から出てこなくなるんじゃないか?
親友の怠惰な姿を想像し、あながちありそうで思わず頬が緩む。
周りの目が気になってすぐに平静をつくろう。
今日のあいつの困り顔、今までで1番だったなぁ。
周りに誰もいないことを確認し、今度は小さく笑声をこぼす。
レブといると退屈しない。きっと、そこがどんなに刺激から遠い場所であろうと。
今日はこの村の長であり、俺の父でもあるパードレの誕生日だ。
よぼよぼの老人であるパードレの朝は早い。みなが夕食で卓を囲む時間に床に入り、誰も彼も夢の世界にいるころに目を覚ます。
そんなに早起きしていったい何をしているのか、その秘密を知る者はいない。
昔はパードレは不死身で睡眠がいらない体だとか、実は双子で朝と晩、交互に睡眠をとっているだとかゆう噂話が出回っていたが今思えば単純に体力が有り余っているのだろう。
年寄りはそれが使命だと言わんばかりに早寝早起きを徹底する生き物だ。
きっとその魂に刻まれた命令はただ一つ。
『誰よりも早く目覚めろ!』だ。
そしてそんなパードレの誕生日を祝おうと思えば、図らずとも相当な早起きを強いられるのは当然だ。何せパードレが目覚めて眠るまでの間に全ての準備を終え宴を行わなければならない。
元々この村には誕生日を祝う習わしはない。村長であるパードレと成人の儀を除けば。
年に1度の大きな宴。愛される村長パードレに恩を返せる日。
今日だけはこの村の村人全てが老人並みの起床時間を叩き出すのだ。
日課の剣の稽古もいつもより早く始め軽めの内容で終わった。
とはいえ帰宅すればパードレは当然起きており、庭で水浴びの最中。井戸の水が凍るほどの気温だが意にも介さず豪快に水を被っている。
全く見ているだけで心臓が止まりそうだ......。
「おぉウィアよ帰ったのか。 お主もどうじゃ目がさめるぞ」
「いや、遠慮しとくよパードレ。 永遠に眠る事になりそうだ」
ホッホッホと笑うパードレにつられて笑った。
今日は最高の誕生日にしよう。
太陽が顔を出す頃に家を出た。向かうは村の最奥地、ソレユ村を囲む大森林の入り口だ。
目的は一つ、パードレに自分で狩った獲物の肉を送る。
ソレユ村を囲む大森林は豊富な果実と獲物を蓄える、自然の食料庫だ。その巨大さゆえ魔物の類も生息しているが村からそれなりに離れたところでしかその姿は確認されていない。
今日はレブと二人で村の大人達が普段使っている狩場へ向かう。村からそれほど離れておらず危なくればすぐに村に帰ってこれる。
それに......その辺の魔物なんかに負けるつもりはなかった。小鬼《ゴブリン》や骸骨《スケルトン》、 人型の魔物なら尚更だった。
俺には騎士も認めた才がある。弓の扱いも教えてもらっている。必ず獲物を仕留めて今晩の宴で振る舞う。それが俺の初めての親孝行だ。
鬱蒼とした木々を掻き分け獣道を進む。
狩場へ向かう道中は他愛のない世間話をする。
騎士の夢を打ち明けてからというもの、レブはどこか俺のことを意識しているようだった。日課の稽古を遠くから眺めていたり、ヘブルさんの木剣で素振りをしていたり。今だってどこか気不味く、対等とは言い難い雰囲気だ。
もしかしたらレブなりに将来のことを考え始めたのかも知れない。
母親譲りの栗色の髪と瞳、中性的な顔立ち。
あのどこか頼りないレブが......。
嬉しいような悲しいような複雑な気分だった。
レブに騎士の夢を打ち明けたのは気まぐれではなかった。
一つの目標の為にそれ以外の可能性を捨てることの重圧や、単なる傲慢による吐露でもなかった。
ただ問うてみたくなったのだ。
信頼に足る友人に......この道は正しいのかと。
命とはなんなのかを......。
齢八歳の子供には重すぎる命題だった。
狩場についてからは時間との勝負だ。
レブも俺も狩の作法ならしってる。片方が追い込みもう片方が弓を引く。
必要以上に狩場に人の匂いを残せば、獲物は望めなくなる。
一度で決める......。
生きる為には奪わなければならない。
人も動物も魔物も、自分達だけでは生きていけない。
生きる為に他の命の犠牲に目を瞑る。仕方のないことだ。
そう自分に言い聞かせ、罪悪感を紛らわし人は奪い続けてきた。
ふと頭に浮かぶ父の姿に集中を乱す。
生きる為には仕方のないことだったんだ......。
甲高い口笛の音が聞こえた。レブが獲物の追い込み を始めた合図だ。
遠くで小さな鹿の群れが方々に散るのが見てとれた。その内の一頭がこちらに向かってくる。
あの鹿の命を奪う覚悟はできた。
矢をつがえた手は微かに震えている、だが迷いはなかった。