死人
どうやらこの世界は剣と魔法が存在するよくありがちな設定の世界のようだ。
設定などと言えばこの世界自体がひどくチープなものに感じられるが、どうもこの世界は前世で過ごした世界の質朴なコピーのように感じられて仕方ない。
なんというか、ひどく既視感を感じるようでその反面新鮮なように感じることもあるのだがどれもこれも二番煎じというかなんというか。はっきりというとこの世界はまるでゲームの世界のようだった。
前世で何度も目にしたRPGの世界そのままなのだ。
まだ生後数か月で言葉もなんとなくしか理解できない身ではあるが、剣と魔法、亜人と精霊、そして人々を脅かす魔物の存在。
少しづつであるが理解した言葉で両親の会話を盗み聞きして学んだこの世界の設定。
文明レベルはそれほど高くないがどこかいびつな発展をした科学技術もそうだが、なんというか本当にこの世界は、、、、
ご都合主義すぎる。
前世で空前のブームになっていた異世界転生系ゲームの設定をそのまま流用したような、、、
幼児の姿になっていしまってはいるが知能レベルは生前そのままである点も甘すぎる救済措置のように感じられる。
というか前々から気になっていたのだが幼児サイズの脳みそのはずが生前程度の知能を有しているというのは一体どういう理屈なんだ?
異世界転生系の物語では当たり前のように前世で培った知識を利用して幼児期から無双したり自己鍛錬に励むものだが、脳みそが幼児レベルならどれだけ前世で経験や知識を積もうが幼児レベルの思考しかできないと思うのだが、……つまり転生してしばらくは寝たきりの赤ん坊生活を余儀なくされると思うのだ。
う~む……やはりそこはファンタジー……ご愛敬といったところだろうか。
となんとなしに愚痴っぽいものをこぼしてはいるが正直この世界は気に入っている。
前世ではその生涯のほとんどを床に伏して過ごすことになった訳だが、それでもなんとなくあの世界は生きづらかった。息の詰まるような生ぬるい空気と目の死んだ大人たち。
きっとあの世界には夢や希望なんてものなかった。
だけどこの世界でなら、、きっと、、、
日々の生活は退屈では無かった。
小さな家と二人だけの家族。母は美しく父はたくましい。食事は簡素だがぬくもりがあった。
窓から差し込む光は澄んで輝いている。前世とは違う。
穢れの無い大気が朝日を無垢なまま運んでいる。この世界では時間に追われ身を削る人々はいない。朝日で目を覚まし、畑を耕す。
腹が減れば飯を食べ、疲れ果てれば眠る。時に命の危機が迫れば、剣を握り魔法を唱える。
作り物の世界であってもこの世界は心を躍らせる。それぞれが生を謳歌し、生きるために生きる。
無駄のないすべての生に役割がある世界。
作られた世界だからこそ……この世界は美しい。
この小さな家の外に広がる世界に思いを馳せるだけで、心が浮き足立つのを感じる。
生後半年ほどにもなると慣れたもので世界ではなく自分という存在を理解しようと思い始めた。
それもこれもあの出来事がきっかけだった。
名はレブル。性はリッター。
レブル・リッター。それがこの世界での僕の名前だ。
母はスール。栗色の肩にかかるほどの短髪が映える美しい女性だ。知性の光を灯し、愛情があふれた瞳で僕を見つめる。
父はへブル。屈強な肉体と粗暴だが親しみやすい笑顔が彼の人柄をうかがわせる。
日中は母スールと過ごす。母が読む絵本で言葉を学び、食事をし眠る。父が農作業から戻れば彼とじゃれあい汗を流す。
この生活を充実していると言わずなにを充実と呼ぶか。
遊んで寝て、それなりに学ぶ。異世界転生にありがちな幼少期からの過度なトレーニングも魅力的だが、前世の入院生活から考えれば人並みの生活が送れるだけで幸せだった。
なにより初めて味わう両親の愛情はこれ以上を望む必要はないと思わせるに十分だった。
そうしてなんの不自由もなく日々を謳歌していたある日のこと。
「そうだレブ!そろそろ姿写ししてみない!?」
いつもと同じ昼下がり。母がなんとなく発した言葉だった。
母スールは慎ましくも決して大人しいと言われる性分ではなかった。
家事炊事洗濯、我が家の全てを完璧にこなす傍ら空いた時間で近所の子供たちと森を駆け回るような人だ。
きっと僕が走れるようになれば僕も一緒にあの森を走る事になるだろう。
そんな母の突然の提案、不思議ではなかった。
姿写し、、、。
生前何度かお世話になった占いってやつだ。
この世界では前の世界とは違い魔法が存在しているため、人々は宗教や占いといった形のない力に絶大な信頼を持っていた。
それもそのはず。魔法の力で占われた未来は、多少の誤差はあってもほとんどが的中するからだ。
そして姿写しとは数ある占いの中でも特に強力なもの、その人の本当の姿を映すと言われている。
興味はあった。転生者である自分をこの世界の枠組みにはめ込んだ時、いったいどのように映し出されるのか。
ある人は水晶に血で染まった剣が映り、ある人はその者が死に際に放った言葉が映し出されたという。
きっと水晶はその人間の生きるであろう人生を何かしらの形で示すのだろう。
「ほら、この水晶をのぞき込むのよ。」
少し興奮したような表情でスールが透明な水晶を僕の眼前に据える。その顔からは、自慢の我が子が大魚になることを疑っていない様子がうかがえる。
心の準備ができていないが生後半年、まだ言葉を発するのは早い。されるがままだ。
できれば一人の時にこっそりやってみたかったのだが……。
水晶の中心が黒いもやで覆われ揺れる。次第に水晶の中がもやで埋め尽くされ、その様はどこか美しく心惹かれる。
先ほどまでの小さな興奮は、今や緊張に姿を変え僕の心臓を高鳴らせている。
生前の生活を考慮すれば真っ白な天上とか病院のベッドが映し出されたりして……。
黒いもやの量が減るにつれてその高鳴りはギアを上げる。
今後のことも考えて変なものが出ませんように……。
もやが完全に晴れる。
映し出されたものに母と共に注目する。
死人《しびと》
『そのもの生者にあらず 奪略《だつりゃく》せし命を纏い 魂魄無きまま世を渡る』
母の息をのむ音が聞こえた。
どうやら僕は人ではないみたいだ。