二度目の生
あわただしい声がし重い瞼を開く。
自分に向けられた視線がむず痒い。
見たことない若い女と男が自分をのぞき込んでいる。幸せオーラが目に見えんばかりの満面の笑み。
見覚えのない顔だ......。
こんな笑顔を向けられたのは初めてだ。病院の関係者かと思ったけど白衣を着ていないところからどうやら違うらしい。
それよりもなんだか2人のサイズに違和感を感じる。二人ともなんというかその......。
そう、でかい。自分をのぞき込む二人がでかい。自分が横になっているベッドが二人の腰ほどの高さしかない。
まだ寝ぼけてるのか、それとも夢か?
しきりに二人が話しかけてきてるのは分かるが何を言ってるのか殆ど聞き取れない。結論、寝ぼけてる。
頭も耳もまだまだ夢から覚めてないみたいだ。まったく仕方ないもうひと眠りするか。どうせ退屈な入院生活、やることも特に無い。
起きたらこの二人が元のサイズに戻ってますように。
目覚めても事態は好転せず、二人はでかいままだった。
それどころか自分の体が縮んでおり、赤ちゃんになっている事を考えれば確実に事態は悪化している。
しかもここは入院してた病院じゃなかった。
というより日本ですらなかった。
最初は混乱してまだ夢を見てるんじゃないかと疑ったが、何度眠り目を覚ましても体は訳の分からないサイズのままだしここがどこだかも分からなかった。
今は現実を受け止め冷静に自分が置かれている状況を分析している。
おそらく僕は死んだのだろう。
小さなベッドの柵からミーアキャットさながら首だけを伸ばし周りを観察する、がここは自分の知るどの国の文化、文明よりも圧倒的に劣っている。言葉も聞いたことの無いものだった。
木造の平屋に木組みの窓、藁を敷いただけの簡素なベッド。
重病で入院していた自分が山奥の病院へ転院させられたとか、奇跡的に持病が完治し退院記念旅行で海外に来ただとか色んな可能性を考えたがどれもこれも納得のいくものではなかった。
何よりも自分が赤ちゃんになっていることを説明できなかった。
”異世界転生”
その言葉の存在を認めればすべての辻褄があった。
前世での死を経て女神様かなんだか、僕の死を哀れんだ誰かがもう一度生きるチャンスをくれたんだ。
きっと前の世界なんかよりもっと生きやすい力や環境を与えて。
ろくでもない人生だったのは認める。だけどなんとも悔しい思いもあった。
生前、重病で寝たきりの生活を送っていた僕は裕福な家庭に産まれたことが幸いし莫大な医療費をつぎ込み考えられ得る延命措置をすべて行った。
産まれてから数えても、病院で過ごす時間の方が外での生活より圧倒的に長かった。
度重なる薬物治療と手術によって僕の体は次第に衰弱していった。
死を肌で感じれるほど弱り切ったころ、僕は命の理を理解した。生き物の生命の躍動が、すり寄る死の息遣いが、目で耳で肌で感じられるようになった。
そして僕の中に在る複数の命の存在も。僕に体を分け与えてくれた人々の命の叫びも。
僕の中にあるたくさんの命たち、その持ち主たちにも夢や希望があったに違いない。僕は彼らの命の、存在の、生きた証明を何一つ残せずに死んでしまったのだ。
僕という入れ物に一つばかりでない命が入っていたのなら、この異世界転生ももしかしたら妥当と呼べるものかも知れない。
僕の中にあるすべての命を使い切るまで、、いやすべての命が報われるまで。
僕は本当の死を迎えることはできないのだろう。
非現実的な考えだと思うがその現実も今や前世の物。転生したこの世界の常識が僕にとっての現実だ。この世界では異世界転生なんてもの義務教育程度の知識かもしれないしね。
まだまだ言葉も理解できない頭と歩くこともままならない体ではあるが、この新しい世界で生きていくことを受け入れた。その目に宿る光は強く色濃かった。