失われた記憶 急
「「おい、俺(僕)たちの息子(娘)に手を出すんじゃねえ」」
二人はそう言いながら、業鬼の前に立った。
二人はなぜか右腕の全体に黒い包帯を巻いていたが、怪我をしていると言う訳では無さそうだった。
父さんと雁継さんは銃の引き金を引く。
すると二人の銃から発せられた2度の轟音が響く。
「グギャッ!?」
2発の弾丸は共に業鬼の腹に大きな穴を開ける。
業鬼は腹の大部分を無くしたことにより、体を支えられなくなり、倒れこんだ。
そして、父さんが業鬼の前に歩いていき、口を開く。
「そいつは特別製の弾丸だ、そいつには業鬼から抽出された細胞が刷り込まれている。
それに、俺達自身も……」
父さんは言いながら、腕に巻き付けてある包帯を外した。
続けて雁継さんも包帯を外し、父さんの隣に立った。
「僕達自身も、もう業鬼になりかけているからね」
外した包帯の中から出てきたのは、俺達の見知っている手ではなく、他の業鬼のような黒い腕であった。
「僕達の腕はもう業鬼に侵食されているんだ。けど、だからこそ僕達はお前らから大切な物を守れるようになった。まぁ、回数制限はあるけどね?」
雁継さんはそう言いながら、業鬼へと銃口を向ける。
「その回数を越えてしまえば、俺達はお前等と同じような化け物に成り下がる。けれど…」
父さんも雁継さんの一歩前の位置で、銃ではなくナイフを両手に3本ずつ指に挟むようにして持っていた。
そして二人は、一度それぞれの子供の方を見たあと、業鬼を睨み付けて言った。
「「それが子供達を守ることになるならば…」」
二人の視線がより鋭くなり、業鬼を威圧する。
業鬼は二人の視線に当てられて動けなくなっていた。
そこに二人は止めとばかりに、力を振り絞り叫んだ。
「「たとえお前たちのような存在になるとしても、あいつらだけは守り抜く、それが、父親としての願いだ!!」」
そう、それは単なる願い。
親として持つ、ごく普通の願いだ。
けど、だからこそ、それは、決して折れない決意だった。
「キシャァァァ!!」
威圧を払いのけるかのように、業鬼は叫ぶ。
すると業鬼の体が巨大化し始め、最初の姿の三倍くらいの大きさへと変わり、人としての原型はとどめてなくなっていた。
業鬼は二人めがけて跳ねるように飛んで行き、腕で二人を鷲掴みにする。
そして俺にしたように二人を壁へと投げる姿勢へと入った。
だが、投げる前に業鬼は両腕は、消失していた。
「グギャァァ!!!!」
業鬼の腕が無くなったことにより、二人は空中へと投げ出される。
二人は空中で体制を整えて着地して、唸る業鬼へと、剣のようになった腕を突きつけた|。
「ナンダ、ナンナンダソノウデハァ!」
叫ぶ業鬼を無視して、二人は業鬼を切り裂く。
「この腕は、俺たちの罪だよ」
業鬼は叫ぶのことも出来ずに、闇に飲まれて行った。
それを見届けた後、父さんは俺の方へと、雁継さんは雫の方へと足を運んだ。
「大丈夫か、拓也?」
父さんが俺に手を差し伸べてくる。
俺は頷いたあと、父さんの手を握って立ち上がった。
俺は父さんと、走って雫の元へと向かった。
「おい、しっかりしろ!雫、雫!」
そこには、倒れた雫の肩を叫びながら揺さぶる雁継さんと、何も反応を示さなくなり、目が虚ろになった雫がいた。
「チッ、心を持っていかれたか…」
父さんが一度、雫の顔を見たあとにそんなことを言った。
「助け、られないのか?」
俺が父さんに恐る恐る聞く。
「あるにはあるが、危険すぎるな…」
父さんは顔を伏せて言う。
「でも、もしかすると助かるんだろ!?
だったらやるべきだ!」
俺が強く言うと、父さんは少し考えたあと、
「そこまで言うならば、やるとしよう」
といい、俺の肩を握る。
「この方法は。他人の心を移し変えるものだ。
しかし俺と雁継はもう心が業鬼の力に侵食され始めている、だから俺たちのを使うと、雫ちゃんが業鬼になってしまうかもしれない。
だから、お前の心を使うしかないんだ。
お前に、その覚悟があるか?
心を失う覚悟が…」
父さんは肩を握る力を強めながら言った。
その顔には、悔しさを秘めていた。
俺は父さんの顔を一度見たあと、笑顔を作って言った。
「ああ、出来てる。
だって、あいつと一緒にいたときが一番楽しかった。
あいつは俺に、笑顔をくれた。
一人で居た俺に、話しかけてくれた。
あいつは俺を救ってくれた。
だから次は、俺が救う番だ」
いまだ反応を示さない雫を見ながら俺が言うと、父さんは少し悲しそうな顔をしたあと、納得したように頷き言った。
「そこまで言うならば、貫き通せよ?」
父さんはそう言って、雁継さんに相談を始めた。
「雁継、退いておいてくれ。今から、雫ちゃんを救う」
救えるのが俺しかいないことは理解していたのだろう。
父さんが言うと、雁継さんは驚いたように俺の方を見た。
「いいのかい?心を移すと言うことは、君は――」
と、雁継さんが言ったところで、俺は言葉を遮るように、
「いいんです、俺は雫を救いたいだけですから」
と、笑顔で言った。
すると、雁継さんは安心した様子で、
「そう、か。ありがとう拓也くん。
本当に、ありがとう…」
と、涙を溢しながら言った。
「それじゃあ始めてくれ、父さん」
俺は父さんの前に立ってそう言った。
父さんは俺の目を見たあと、頷いて、俺の胸に黒い腕を置いた。
「始めるぞ」
父さんが言うと、俺の胸が淡い光を放ち始める。
そして、父さんの黒い腕は俺の胸の中へと入って行った。
「ッ!!!」
胸に激痛が走る、痛すぎて叫ぶことも出来ない。
父さんは胸に突っ込んだ腕を一気に引っこ抜き、すぐに俺を床に寝かせた。
父さんの腕には、光を帯びた球体が握られている。
そして、すぐにその玉を雫の口の中に入れて、飲み込ませた。
しばらくすると、虚ろだった雫の目に光が点り始める。
「…ここ、どこ?」
雫が掠れた声で言うと、雁継さんは雫に抱きつき、
「良かった、本当に良かった…!」
と、涙を溢して言った。
「なんか、すごく眠いから、寝てもいい?」
雫が目を擦りながら言う。
「ああ、眠ってもいいぞ。
お父さんが側にいるから」
雁継さんがそう言うと、雫はすぐに目を閉じて、安らかな呼吸を始めた。
雁継さんは肩を撫で下ろして、父さんの方へと近づいた。
だが、すぐにその安堵は消え失せた。
「「グァッ!?」」
二人は腕を押さえながら唸り始める。
「駄目だ、もう限界らしいな…」
雁継さんが父さんの方へと言う。
「そうらしいな…
よし、なら最後の一仕事だ、子供たちのことを最後まで見てやれないのが悔いだが…
出来るな、雁継?」
父さんが腕を剣のような状態にして言うと、雁継さんも、
「出来るに決まってるだろう?」
と言い、腕を剣のような状態にした。
そして二人は互いの胸に腕を向けて、同時に心臓を刺した。
二人は崩れるようにして倒れて、動かなくなった。
それと同時に、俺と雫の体に異常が現れ始める。
雫の体が、消えた。
俺の記憶の殆どが、消えた。
産みの親である両親が居なくなったことにより、雫の生まれたと言う前提が消え失せた。
育ての親である両親が居なくなったことにより、俺の成長したと言う前提が消え失せた。
けれども、俺は消えていない。
心は失ったままだけども。
まだ俺は目を覚ませてはいないけれど。
雫が側に居ることだけは、分かっていた。
失われた記憶 end




