失われた記憶 破
もう何時間くらい歩いただろう。
足は疲労で痛みを感じて、自分でも分かるほど脈を打っていた。
俺は父さんと別れる前に、雫が雁継さんと話をしている時に父さんから指示を出されていた場所、新宿駅近くの公園へと来ていた。
一応ここは奴等がいない場所であったため、俺は疲れを取るのと、雫を横にするために近くのベンチへと向かった。
俺はリュックの中に入っていた少し大きなタオルを畳み、背負われて眠っている雫をベンチに寝かせた後、そのタオルを枕代わりにして雫の頭の下に置いた。
俺はベンチの横にある自販機で緑茶を2本買った後、眠る雫の横に座り、一本の緑茶の蓋を開けて喉に流し込んだ。
それから30分くらい経ち、眠っていた雫が目を覚ました。
「んにゅぅ。ここ、どこ?」
雫が目を擦りながら起き上がり、俺の方に向いて聞いてきた。
「おはよう、ここは父さんから指示された場所だよ。新宿駅の近くの公園って言えば分かる?」
俺は首を傾げながら雫へと質問した。
雫は寝ぼけた顔をしながら、「新宿駅、新宿駅……あ、あの新宿駅かぁ」と、納得したようにポンッ、と手を叩きながら言った。
先程買った緑茶を雫に渡した後、俺は父さんに逃げきったことをメールで送った。
するとすぐにメールが返ってきて、今はもうこちらへと向かっていると言うことが書かれていた。
「父さん達、こっちに向かってるってよ」
俺が雫に言うと、両手でペットボトルを持って緑茶を飲んでいた雫は、口からペットボトルを離して、目をキラキラさせながら、「本当!?」
と、耳がキーンとなるような音量で聞いてきた。
「声でかいよ……うん、本当だよ、多分もうすぐ着くんじゃないかな?」
俺がそう言うと、雫は嬉しそうにしながら、「良かったぁ」と、こぼしていた。
その後、俺たちは適当に時間を潰して、メールが来てから一時間くらいたった頃、とある異変に気づいた。
「雫、なんか不自然に静かじゃないか?」
そう、今はまだ夜の10時、駅の近くであればまだ騒がしいくらいの時間帯である。
なのに今は、物音が一つもないのだ。
「なんか、嫌な予感がする…」
怯えた表情で雫が俺の手を握ってくる。
物音一つも立たないと言うのは、小さい子供にとっては不安になる要因のひとつでもあり、ましてやここには守ってくれる大人はいない。つまりここで襲撃されたら俺たちは対抗手段がないわけである。
「大丈夫だよ、俺が守るから」
そう言いながら俺は雫の頭を撫でたあと、手を握り返した。
俺達がベンチから立ち上がると、それはすぐに姿を現した。
すぐにそれは敵だと分かった。何故ならそいつは、父さん達が倒しに行った奴らと同じような見た目であったからだ。
「クク、ククク、クカカカカ!オンナ!オンナダ!オンナガイルゾ!」
そいつはそんなことを、雫の方へと目を向けて言っていた。
「逃げるぞ、雫!」
俺は雫を引っ張って走り出した。
しかし相手は元々大人の男性、そんな相手に俺達のような子供が逃げきれるはずも無く、すぐに追い付かれてしまった。
「きゃあっ!」
俺の手から握っていた物の感触がなくなる。
「っ!」
咄嗟に振り向き、俺は業鬼の方向を向いた。
そこには雫の腕を掴んでいる業鬼と、腕を掴まれて足が少し浮かび、体をよじりながら抵抗している雫がいた。
「雫!」
俺はすぐに業鬼の元へと走り、業鬼に殴りかかった。
「ウン?ナンダオマエ?」
しかしその一撃は全く効いていなかった。
殴った俺の腕を、余った手で掴んで、業鬼は俺を近くの壁へと投げた。
「ガハッ!」
背中と後頭部に重い衝撃が走る。
俺はそのまま壁にもたれ掛かる状態になって、動けなくなってしまった。
――すみません、雁継さん、雫を守れませんでした。
薄れ行く意識の中、俺は謝罪を繰り返した。
――ごめんなさい、父さん、約束守れなかったよ。
目の前では雫が業鬼に襲われていて、すぐにでも助けなければ取り返しのつかないことになってしまう状態だった。
――ごめん、雫、さっき守るって言ったのに、守れなかった。
そして俺は雫が襲われるのを横から見ながら意識を失った…
はずだった。
しかし俺は意識を失う直前に聞こえた轟音に意識を引き戻されたのだ。
俺は目を開き、轟音のする方向へと目を向ける。
そこには、スーツを着た男が二人で立っていた。
「「おい、俺(僕)たちの息子(娘)に手を出すんじゃねえ」
そこには俺の父さんと雁継さんが、銃を構えて立っていた。




