影に潜む一つの幻影
「あー、クソっ、また負けちまったよ…」
少し背の高い男が困ったように呟いていた、私はそれを屋根の上から監視していた。
「今月の食費どうすっかな」
この男の名前は浦里聡太郎、俗に言うギャンブル依存症であり、金に困った時には盗みを繰り返していた。
私はこの男を二日前から尾行する羽目になっているのだけど、ストーカーと言う訳ではない、ただの仕事である。
「貯金ももうねーしなぁ。そうだ、いいこと思い付いたぞ?」
男はそんなことを呟きながら、不気味な笑みを浮かべていた。
ああ、これはまずいかもしれない。
「金が無いんだったら、盗めば良いじゃねーか!」
予想的中。これは、少し刺激すれば壊れてしまう可能性が高い。
だけど私は止めない。だって止められないのだから。
何故なら私には体がない、物体として存在しない訳だからこの世の何者にも関与することが出来ない訳だ。彼を除いては。
だから、この状態の私は情報を彼に渡すだけ。私が唯一心を許し、触れる事ができる彼に。
「待たせたな、雫」
私は声が聞こえた方向へと顔を向ける。
「大丈夫だよ、むしろ早すぎるくらい」
私は少し呆れたような顔をしながら言う。
「そうか、なら大丈夫だな?」
彼は表情を変えずに私に聞いてくる。その質問に私は沈黙で返す。
「なら行こう、あれはもうすぐ爆発する」
「了解」
私たちはお互いに顔を見合わせたあと、家の屋根から飛び降りた。




