10
「おかえりティアーズ」
出迎えたのはいつものとおり、ジェイドだった。
「ただいま」
何故かふつーに、ごくごく普通に答えてしまったティアーズは大きくため息をつく。
「なんだよー溜息なんてついて。幸せが逃げるぜ」
「最初から僕に幸せなんていうものはない」
「えー…」
冷たく言うティアーズにジェイドがつまらなそうにつぶやく。
それでも、噂されていたティアーズとは、今目の前にいる男はうってかわっていた。
やわらかく、あたたかく、なったんだと思う。
そして、声が響く。
だれのおかげで?
――流石に俺のおかげとは言えない。
そこまでジェイドは自惚れてはいない。
だれのおかげだ。そう聞かれて思い当たる節はただ一つだ。
――ルナ・ルーチェ。
この国の姫君。隠された姫君。そして、今や唯一の王位継承者となった姫君。
(…あの男のいいなりになるのか?)
思い出すのは、少し前にあった黒い男。
並大抵の魔力ではなかった。ティアーズと同類の、者。彼より強い魔力を持つ者。
そして、今夜だけ、ティアーズをここから出さなければ、ジェイドもその力をもらえる。
人知を超えた、魔力を。
「……どうかしたのかい?」
ぼうっとしていたジェイドを不思議がってか、ティアーズが顔を覗き込む。
「…いつもの君じゃないね」
「へ?」
「…気がおかしい」
何かあったのかい、と聞くティアーズを見て、ジェイドはまた考える。
自分も、力をもらえたら、気がみえるようになるのだろうか。
「…ジェイド?」
「…ティアーズ」
静かにジェイドは笑う。
「今日は色々、危ないから。外には出ないほうがいいぜ」
「色々?なんだいそれ」
「なんか怪奇現象が起こるって町の奴らが言ってた」
「へぇ…まぁ興味ないから構わないけど」
くわ、と大きく欠伸をしてティアーズは背伸びをする。
それをみてジェイドは何とも言えない気持ちになった。
「貴、方は…」
「さっきも言ったはずだ、ルナ・ルーチェ。…月光姫、貴女の敵だと」
カツ、と足音を立てて彼はルナに一歩近づく。等しくルナは後ろに下がった。
彼が現れたのはルナの部屋の中だ。鍵は閉めてある。内側から。
――――どうやって中に入った?
「学んだのだろう、闇の種族のことを」
「……」
「ならば分かるはずだ、私達が普通の人や、魔術師とは違うことを」
「……」
スッとルナは指を向ける。
「あぁ、貴女も見方によっては魔術師だったな。光の種族…氷を操るお姫様」
「氷は…月は、わたしの味方です。わたしの名がそう示すように」
「そうだな、貴女の力は光の種族の中ではとても強いだろう。しかし白と黒はどちらが強いと思う?」
「……」
「白は、美しい。穢れのないモノだからな。黒いモノからしたら憧れるのも当然だろう。だが白は同時に何色にでも染まることができる」
「……口を慎みなさい」
ルナの瞳がだんだん険しくなっていく。
「貴女は本当に純白だ、その純白に少しでも染みがつけば…その魔力は我々よりも劣るだろう」
「そのために来たのですか。この国の王位継承者が、わたしだけになったから」
「流石に敏いね」
ふふ、と青年は笑う。そしてまた一歩、とルナとの距離を詰める。
その瞬間ルナは指先を彼に向けた。
その指先から鋭い光が放たれたと思うと、その光は氷柱となって彼を襲う。
「貴女に私を殺すことはできませんよ、ルナ姫」
しかし彼は無傷だった。笑みを浮かべて彼はルナを見ている。
思わずギリッと歯軋りをした。
「それには力が弱すぎる。……圧倒的な闇を前にして、月の光は人々には届かない」
「……お黙りなさい」
それでもルナは足掻いた。
勉強や読書を通じて彼女は知っていた。
そして、このあいだ調べた本にも書いてあった。
……闇の力の、恐ろしさを。
「…かつて、闇の一族は世界から光を奪った。
人々から光を奪って、恐怖のそこへと突き落とした」
「おっしゃるとおり」
「再び、人々から光を奪うつもりですか」
「私たちはあなたたちに屈してから、ずっと表には出れなかった。
人々から迫害されて、虐げられてきた。…この力を、この姿を恐れ、忌み嫌われる。
…貴女にも覚えがあるでしょう」
「……」
異形の者。人知を超えた魔力を持つもの。
…人々と違うものを持つものは皆、気味悪がれる。
「けれど私たちには力がある。人々を地に伏せることができるくらいの力が。
唯一邪魔なものは…」
「っ!」
男は一瞬の間に距離をつめ、彼女の首へと手をかけた。
白く細い首に、黒い手袋をした手が絡まる。
恐ろしく冷たい瞳をした男がルナを見据え、そして低く冷たい声で言い放った。
「――光だ」




