背中合わせのバイセクシュアル
昼下がりの喫茶店でのこと、スマホを眺めている彼は好みの男性からのメッセージにニコニコしていた。
「あの、デートのときくらいはスマホやめません?」
私は少し呆れながらも、そう提案してみる。
しかし、彼は悪びれもせずに
「そっちだってかわいい女の子から来たら嬉しくなるくせに。」
としかめっ面をしながら言い返してきた。
確かに好みな子がいないとは言えないし、メッセージが来たならば、気にせずにはいられないのは事実だ。しかし、私とは訳が違う。彼の好みの人は彼氏も彼女もいない。いわゆるフリーというものだ。一方、私の好みの子は彼氏がいる。何かあれば恋愛相談のメッセージが届くし、場合によってはお惚気がくる。そのたびに複雑になっている私を、他愛もない会話をして乙女のように嬉しくなってるそっちと同じにしないで欲しかった。
ティーソーダを飲んでから、咳払いをひとつ。
「とにかく、今はデートなんですから。」
仕方ないという顔をした彼はスマホを伏せ、ため息をひとつ。
「わかったよ、はいはい…。今はデートね…。」
その言葉にムスッとした顔をしたい気分だったが、とりあえずここは落ちつこうと自分に言い聞かせた。
しかし、そんなにその人のことが好きなら、私なんかはポイポイと捨ててでも、付き合うなりなんなりすればいいのにと思う。これだけについては、少しばかり不満があった。
お互いに何も話さず、時計の針だけが動いているような感覚。それを打ち破るかのように、カランと大きめの氷が音を立てる。私もどうしようもなくなって、ストローをコップのふちにあわせながら、くるりくるりと回していく。カラカラカラ…と夏のような話し声と気まずいだけのふたりきり。
私達は何のために付き合っているのだろうか。
このひとつの問いが小さな脳内を右往左往しているが、この答えは出てこないだろう。多分、あなたもそう思っている。
私達は背中合わせのまま生きている。
顔も合わせず、ただただ別々の方向を見つめている。
答えがわからないままで終わってもいい。
好きも嫌いもイエスもノーも、わからないままでいい。
「…帰りましょうか。」
「…そうだな。」
この後、行われることの中身に愛がなくても。
空っぽの愛の器を隠して、目線の20cm先に微笑みかけている。
私達は背中合わせのままでいい。