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 ふっ、と意識が戻った途端、みぞおちあたりがズキズキと痛んだ。痛みに顔をしかめて、無意識にみぞおち辺りをさすろうと右手が動きかけるが、それはかなわなかった。それどころか体全体が思うように動かない。どうやら縄かなにかで縛られているようで、口にも布が巻いてあり、声が出せなかった。


───ここは……。僕は確か、殴られて……。


 状況を把握しようと周囲を見渡す。自分は椅子に座らされているようで、辺りは薄暗く、あまり見えない。


「よぉ、お目覚めか」


 コツコツと靴音が響く。前を向くと、よく見知った顔が見下すような眼差しで神影を見ていた。


───ティラウ殿……!


「ったく、お前をうまく使ってあのガキを始末しようと思ったのによぉ。ホント使えねぇなてめえは」


───ガキって、リオト殿のこと……?


 だが、二人に接点は無いはず。どうしてリオトを狙うのか、神影にはわからなかった。すると、心を呼んだかのようにティラウはニィと笑って答えた。


「なんで俺がリオトとかいうあのガキを狙うのかわからねぇだろ?」


 くるりと振り返って神影に背を向け、続ける。


「特務師将官かなんだか知らねぇが、前々から目障りだったんだよ。ぽっと出のガキのくせに最強とかなんとか言われて。やってるこたぁ上の連中のパシリじゃねぇか。そのうえ便利な奴隷だったてめえまで俺から奪いかけてる真っ最中だしよぉ?」


 ティラウは一度言葉を切ると、なにかの資材らしきものの上に腰掛けた。


「てめえもてめえで、どんくさくて臆病で仕事もできねぇクズのクセに生意気に新しいダチができただあ?」


 腰からなにかを手に取り、神影に向かって投げる。すると、神影は頬に一瞬だけ痛みが走るのがわかった。おそらくはナイフを投げたのだ。


「ナマ言ってんじゃねぇぞ」


 縛られているためなにもできない神影は、笑みを消したティラウをただ睨みつけていた。


「おうおう、なんだその顔は? よくも騙したなー! ってか?」


 ゲラゲラと下卑た嘲笑が響く。

 ティラウが自分を友人と思っていないことも、影で仲間たちと自分をバカにしていたことも、本当は知っていた。知っていても、顔を合わせればお前は大事なダチだと笑うティラウにすがり、神影は表面上だけの偽りの友人関係に甘んじた。部隊をやめて故郷に戻ったって同じことだった。嘘でもいい。ただ、居場所が欲しかったのだ。


「まあとりあえず今野郎たちがガキを捕まえに行ってっから、ちょっと待ってろ。ガキが来たら、二人一緒にあの世に送ってやる。お前はもういらねぇからな」

「っ!」


 自分はともかくとして、リオトは助けなければ……。神影はもがくが、体の自由を奪っている縄は固く、緩む気配はない。


「諦めろ。よかったじゃねぇか?やっとできた大事なダチと一緒に死ねるなら、もうこれからは寂しくねえだろ?」


「……! ……ぅ! …………!!」


 声を出しても、それは言葉にならず、何がおかしいのかティラウは愉快そうに笑いながら神影に歩み寄り、髪を鷲掴んで引き寄せる。


「何言ってんのかさっぱりわかんねーっつの!」


 痛みに顔をしかめながら、眼前で狂ったように嘲笑うティラウの顔を精一杯睨む。途端、またティラウの顔から表情が消え失せた。

 鷲掴んでいた神影の髪を放して拳を握ると、裏の指の付け根の出張った関節部分で今度は神影の頬を思い切り殴った。


「奴隷が生意気なツラしてんじゃねぇよ」


 ついで腹部に蹴りが一発。神影がゴホゴホとむせる。


「隠密部隊のくせに、いつもいつも怯えて人の後ろに隠れて、戦う覚悟もねぇくせに軍なんかに入りやがって」


 胸ぐらを乱雑に掴まれ、力強く引き寄せられる。


「クズはクズらしく、おとなしくしてろよ」


 神影の目から涙が溢れる。それはティラウに裏切られて悲しかったからじゃない。それよりもはるかに、こんなやつに騙されたことが、こんなやつに縋ったことが、こんなやつに蔑まれたことが、弱い自分が、無力な自分が、バカな自分が、ただただ、心の底から悔しかった。


「どうせあのリオトとかいうのも、てめえの類友でただのクズなん───」


 突如、ティラウのセリフを遮って両開きの扉がものすごい勢いで開く音と、人が倒れるような音が鼓膜に響き、同時に音がした方から薄暗かったこの部屋に光が差し込んだ。ティラウと神影は同時にそちらを向くも、久しぶりに見た光に目を細める。そして神影は足元に転がる同じ隠密部隊のメンバーに気がついた。


「───呼んだか、悪党」


 気がついたらここにいたので、ここがどこでなんの部屋なのか神影にはわからないが、少なくともこの部屋の扉なのであろうそちらを見れば、外から射し込む明かりを背に佇む人物が一人。


───リオト、殿……。


 ゆっくりとブーツの底を鳴らして、リオトは扉の敷居を跨いで足を踏み入れる。


「てめえ、あいつらはどうした」

「ああ、部下のことか? 迎えには来てくれたんだが、ちょっと乱暴だったから鬱陶しくなって場所だけ聞いて置いてきた。そこで伸びてるやつも、わざわざこっちから出向いてやったのに中に入れてくれないからシバいといた」


 腰のポーチからチョコを取り出して口にくわえると、リオトは神影の足元で伸びている見張りだったメンバーを一瞥すると、神影に視線を移す。そして、わずかに微笑んだ。

 すぐに助けてやる。緋色の双眸がそう言った気がした。


「まあいい。てめえを殺せるならなんだって構わねぇ」


 ティラウは神影から離れ、リオトと対峙する。


「さて、一応お決まりのセリフいっとこうか」


 リオトはおもむろに愛刀を鞘から引き抜き、その鋒をティラウに向けて器用にもチョコを口にくわえたまま言う。


「無駄な抵抗はやめておとなしくお縄につけ。あと神影を解放しろ」

「じゃあ俺ものってやる。嫌だと言ったら?」

「力づくで《参りましたリオト様》と言わせるまでだ」

「なら俺は、てめえの命もらうぜぇ!!」


 ティラウがリオトに真っ向から飛びかかる。いつ装備したのか、振り上げた右手には鉤爪がついた熊手のような手甲。リオトは慌てることなく、愛刀で受けて応戦する。小さな火花と共に金属音がなった。

刀で爪を弾かれ、飛び退ったティラウを今度はリオトが攻めた。躊躇なく刃が振り下ろされるも、今度はティラウがそれを手甲で受ける。

 ティラウが左拳を下から放つ。一歩下がってよけたリオトに鉤爪の追撃が降る。見切ったリオトは左によけ、勢いに乗って右に流れたティラウの無防備な背中にリオトの回し蹴りが入った。倒れるかに見えたティラウは受け身を取って体勢を立て直す。しぶといことだ。


───今のうちに……!


 ティラウがリオトに気を取られているうちに、神影はなんとか縄をほどけないかと試みる。

 だが縄は相当かたく縛られており、中々緩む気配はない。


───僕だって、がんばらなきゃ……!


 両腕の袖に小さな仕込みナイフがあるのだが、手首を縛られているため中々ナイフを取り出せない。神影が縄に苦戦する間も、リオトとティラウは火花と金属音をまき散らして互いの武器を受けて弾いてを繰り返す。


「ガキィ、降参すんなら今だぞ」

「悪いがそんな単語、オレの辞書には無いね!」


 リオトが刀を真横に一閃する。それをよけたことで生まれた大きな隙を、ティラウは見逃さなかった。


「しまっ……!?」


───リオト殿!?


「甘ぇよガキィ!!」


 ティラウの鉤爪がリオトを狙う。リオトは舌打ちをしながら刀を前に持ってくる。防ぎきれるかはギリギリだ。

 刹那、脇腹に痛みが走る。


「っ!!」


 防ぎ切れはしなかったが刃で弾くことはできたようで、なんとか脇腹を掠った程度で済んだようだ。間に合わなければ、鉤爪は間違いなくリオトの腹部を深く抉っていただろう。


「……っぶね…………」


 飛び退ったリオトは安堵の息をつき、刀を構えなおした。そのとき、


「うっ……?!」


 じわじわと足の感覚が無くなっていき、力が入らない。リオトは驚愕しながらも立っていなければと刀を足元にさして体重を支えるも、意思とは裏腹にその場にゆっくりと膝をついてしまった。

 一体どういうことだ? 何が起こっている? 緋色が困惑に揺れる。

 すると明らかに動揺しているリオトのようすを見たティラウが口の端を吊り上げた。


「どうだ、俺の鉤爪の味は?」


 鉤爪を眼前に構えるティラウをリオトは睨みつける。そこで、鉤爪に若干のリオトの血がついている他に、うっすらとなにかが付着しているのに気がついた。


「てめ……! まさか……、麻痺薬を……!」

「ギャッハハハハハハハハッ!!!!」


 あざけるような、狂った笑い声が一際大きく響いた。


「そうだよ! これは威力の強い即効性の麻痺でよぉ? あんまたっぷり塗ると一撃くらわせただけで一発でショック死する可能性もあんだよ。だから、体が痺れる程度に留めといたんだ。簡単に死んじまったらおもしろくねぇだろぉ?」


 ティラウの言葉を聞く間にも、麻痺はどんどんリオトの体を蝕んでいく。


「く、そが……!」


───リオト殿!!


 すでに腕まで麻痺が回っているらしく、リオトの刀を握る手から肩が力が入らず震えている。

 早く助けなければ本当に、本当にリオトが死んでしまう。神影が焦燥する。

 早く、早く縄を───。


「おうおうどうしたどうしたぁ?」


 リオトは力なく頭を垂れたまま動かない。刀に体重を預けて上半身だけでも倒れないように支え、かつ遠のいてしまいそうな意識をつなぎとめるだけで手一杯だった。

 ティラウはすでに勝ち誇った笑みを浮かべながらリオトに歩み寄り、フルフルと震える体を容赦なく蹴り倒した。どさりと倒れたリオトはもう上体を起こすことすら出来ない。


「オラオラァ!!」


 いよいよぴくりとも動かなくなったリオトを、ティラウが執拗に、そして容赦なく蹴り始める。

 口も動かせなくなったリオトは、体をくの字に曲げ、為す術もなく体を襲い来る痛みにただ顔をしかめながら耐え続ける。


「ヒャッハハハハハハハハハッ!!」


 ティラウは完全に神影のことは眼中に無くなっている。今だ。暴れたおかげで縄が緩んできた。あと少し、あと少しでナイフが取れる。

 あと、少し───。


───とれた!


 まず手首を縛る縄を切り、それから胴、足。最後に口元の布を引きちぎって立ち上がり地を蹴る。


「ティラウ!!!!」

「ぐああっ?!!」


 怒りと憎しみをこめて、渾身の拳を放つ。ティラウは吹っ飛び床へ沈んだ。


「リオト殿!!」


 抱き起こせば苦しそうにか細い息をしており、ぐったりしていた。


「また、また……! 僕のせいで……!!」


 俯き涙を流す神影の頭になにかが乗り、すぐに落ちた。それが人の手だとわかった神影が顔をあげると苦しげな表情でかすかにリオトが笑っていた。


「おい神影ェ……、いてぇじゃねえかよぉ……!?」


 ゆらりとティラウが起き上がった。

 それを肩越しに見た神影は、リオトを抱き上げて壁際に移動し、壁にもたれかかって座らせる形になるように丁寧な手つきでそっとリオトを下ろす。


「……み、…………か……」

「ごめんね……。すぐに片を付けるから、ちょっとだけ待ってて」


 一度だけリオトの右手を強く握ると、立ち上がりティラウと向かい合う。


「俺と戦う気か? お前にとって、俺は人生初のダチなんだろ?」


 神影は答えず、ただティラウを鋭く睨む。


「もう、友達なんかじゃない」


 腰の刀を引き抜いた神影は目にも止まらぬスピードで一気に間合いを詰め、ティラウ目がけて刀を振り下ろす。


「ぐっ!?」


 辛うじて手甲で受け止めたが、間一髪だったティラウは今まで感じたことのない神影の覇気とスピード、そしてなによりもいつもの彼からは想像もつかない、鷲や鷹のように意志の強く鋭い、まるで別人のような瞳に目を剥いた。

 神影は手甲を弾くと、間髪入れず怒涛の剣撃を叩き込む。手甲で防ぎ続けるも、速さと手数に追いつけないティラウの体に小さな斬り傷が次々と増えていく。


「今までビビりまくって本気マジで戦ったことなんか一度もねぇくせに、なにクソ生意気に俺に楯突いてんだよ!!」


 ティラウが攻撃に転じた。その身を抉らんと鋭い鉤爪が神影に迫る。刀で受けて防いだ神影はしばし鍔迫り合いをすると、鉤爪を上に弾いた。がら空きになった懐に神影の重い蹴りをまともにくらい吹っ飛んだティラウは背中から倒れる。再び起き上がろうとしたティラウの眼前に、刀の鋒が構えられた。


「………てめえ……!」

「知ってた」


 神影の声が響き、ティラウは反射的に思わず口を閉じる。


「ティラウ殿が始めから僕に嘘ついてたのは知ってた。でも、初めての友達だったから、例え嘘だってわかっていても弱い僕はその嘘を信じてしまった。縋ってしまった。だから、」


 刀を握る手に力を込める。


「この落とし前は、拙者自らつけるのが道理」

「ひっ!」


 刀の刃が、未だ開いたままの扉から射し込む光を反射する。

 命の危機を察知したティラウは、ついさっきまで狂気じみた笑みを浮かべていたその顔を恐怖に歪めると、無様に短く悲鳴をあげて肘を使って後ろへ下がる。神影が開いた距離を一歩進んで縮め、刀を振り上げた。


「………み……!」

「ぐあっ!」


 痺れる体でリオトが声を振り絞るも、神影の制裁が下り、一拍の間を置いてティラウはドサリと倒れ込んだ。

 まさか殺してしまったかとすぐにティラウを見るが、見たところ血は流していない。


「大丈夫。気絶させただけだから」


 眉尻を下げ、苦笑のような、困ったような顔をした神影が振り返り、リオトはホッと安堵の表情を浮かべて体の力を抜くと、堪えていた意識を一気に手放した。






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