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「改めて、僕は皇帝直属の隠密部隊ストレイフ所属の喰月ほおづき神影みかげ。見ての通り、東人あずまびとです」


 広大な海の、遥か東の果てに独自の文化を持った小さな島国がある。なんのひねりもなく、そのまま《あずまくに》と呼ばれているその島国出身の者のことを単純に東人あずまびとと呼ぶ。

 東人の特徴は名字ファミリーネームが先で、名前ファーストネームがあとにつくこと。外見の見分け方はだいたい髪色が基準で、神影のように髪が榛色か、黒、茶色とそれらの同系色だと東人である可能性が高い。

 そして、彼が言う《隠密部隊ストレイフ》とは文字通り、それこそ《東の國》の《ニンジャ》のように諜報活動や隠密を行い、皇帝の身の安全の確保を第一に行動する近衛隊のような部隊だ。


「アーヴェイド帝国軍軍属、特務師将官とくむししょうかんリオト……」

「急遽今日一日コンビを組むことになりましたが、まだまだ未熟ゆえこれから共に行動したり、戦闘をこなすうえで至らない点が多々出てくると思いますが、よろしくお願いします」


 簡易指令室のテントを出た二人は駐屯地の裏手にあった、木陰が射し心地よいそよ風が吹く大木の下にいた。

 どこかゆっくり話せる場所はないかというリオトの呟きを聞いた神影が最初にこの森へきた日、周囲を偵察していた際に見つけ、一人でひっそりと休憩できるお気に入りスポットとしていたこの場所へ案内したのである。

 お互いの顔は軍本部内で本当に数える程度だが見かけたことがあるものの、それだけで名前すら知らない。そこで改めて挨拶をしていたのだが、お国柄というやつか、神影の挨拶は《東人はみんな礼儀正しいが、悪く言えば非常に堅苦しい》という噂に聞いていた通り《堅苦しい》の一言につきる。

 なんとも言えない息苦しさを感じげんなりするリオトを見るや否や、神影は慌てふためき出した。


「ご、ごめんなさい! ひょっとして僕なにかいらないこと言ったかなというか言いましたよねその顔は絶対言いましたよねすいませんごめんなさいいぃ!!」


 矢継ぎ早に言葉を発すると、その場で土下座を披露される。

 どうやら、彼は気が弱く、ある程度打ち解けると素が出てくるようだ。ゴザルがつく変わった口調も役作りなのか仕事中だけらしい。


「まず、そのおそろしくよそよそしい他人行儀な言動をやめろ。できるだけ親しくならないと、このあとの作戦で連携がとれないだろ。オレはお前と、神影と仲良くなりたい」


 土下座をしたままの神影の傍にしゃがみこみ、頭をポンポンと撫でてやると、恐る恐る顔をあげた。眉を八の字にさげ、かすかな恐怖と不安に揺れる翡翠と目が合う。


「う、うん……」

「あと、オレの目付きは最悪だが、怒ってるわけじゃないから。それで怯えてたんだろ?」

「ご、ごめんなさい……」

「こちらこそ、こればっかりは申しわけないが慣れてくれとしか言いようがない」


 頭に乗せていた右手と空いている左手で地面についている神影の両手を掴んで引っ張り立たせてやると、さっきまでの情けない顔から一変し、ニコリと笑った。


「うん。リオト殿は良い人だってわかったから、もう怖くないよ!」


 ぎゅう、と握ったままの手が握り返される。

 かと思えば、突然神影は動きを止め、なぜか端整な顔を青に染めながらまたも恐る恐る口を開いた。


「い、今更なんだけど、リオト殿ってまさか、

───お、女の、子…?」


 そういうことか。合点がいったリオトはあっさりと答える。


「おう、女だ」


 言い終わるや否や、神影が光の速さで手を離し、リオトから五メートルほど飛び退いた。


「すすすすいませんごめんなさい手を握ったのは決してやましい気持ちがあったわけではないんですううぅ!!!!」


 土下座再び。なんども上げ下げされる顔と、髪からのぞく耳はこれでもかというぐらいに赤い。まあつまり、俗に言うところのウブというやつだ。


「……落ち着け」


 呆れたように言葉を投げたリオトにちらりと、視線を向ける。

 高く結い上げられた風に揺れる長い黒髪。やや長めの前髪の間から呆れたように神影を見下ろす吊り気味の緋色の双眸。くびれスラリとした細い体が纏う白のカッターシャツと黒のパンツに同色のシンプルなミディアムブーツ。その上はフード付きの黒のコートという軍人にあるまじき軽装ぶり。腰のベルトの左側には鍔のない一振りのやや長めな蒼い刀を吊っている。

 そして、普通にしていると見えなかったのだが、ふてぶてしく組まれた腕に乗っている、ちょっと控えめな二つの丸い膨らみ。

 くわえてつい数秒前まで触れ合っていた、バカデカくゴツゴツした自分の手とは明らかに違う、女の子らしい細く柔らかな手。

 当たり前だが初対面のときから今まで一度もしっかりとリオトを見ておらず、さらに一人称、男勝りな言動、雰囲気、立ち居振舞いから完全に男だと勘違いしていた。


────なぜだ! なぜ気づかなかったんだ僕のバカあぁ!!


 喰月ほおづき神影、一生の不覚。

 まだ残るリオトの手の感触が、神影の顔を燃え盛る烈火の如くさらに熱くする。


「すいませんごめんなさいホントごめんなさいイィ!」

「そ、そんな謝らなくてもいいって……」


 リオトとて、逆に間違われることを狙ってわざと男っぽい服装をしているのだから、べつに怒る気など更々無い。容姿を着飾ることに興味がなく、口調や振る舞いにいたっては素である。今までも何度も同じようなことがあったし、この先もこのスタイルを続けていくつもりだ。


「とりあえず座ろうぜ。ほら、来い」


 あぐらをかいて大木にもたれかかったリオトはその左隣をポンポンと左手で叩いて神影を呼ぶ。


「し、失礼します……!」

「なにを失礼するのか知らんがどうぞ」


 オドオドしながら神影が左隣に正座した。ニメートルほどの間を空けて。

 ぽっかりと無意味に大きく間を空けた神影をじとりと見つめたリオトは無言で距離を詰めた。

 すると、今度は神影が無言で体を右へずらし、また間を空ける。そろそろめんどくさくなってきたリオトは先ほどと同じように体を神影の方に寄せると、再び逃げようとした神影の首根っこをすかさずガシッと掴んだ。


「ひっ…!」

「次動いたらみじん斬りにする。おとなしくしてろ」

「…うぅっ……」


 緋色が鋭い眼光を放ち、神影を睨みつける。まさに蛇に睨まれたカエル状態になった神影は、渋々だがようやくおとなしくなり、リオトは手を離す。

 軍に入り、隠密部隊に配属されて早七年、ようやく友達ができたと思ったのだが、相手を間違えたかもしれないと考え始めた神影の鼻腔が甘い匂いを感知した。

 パキッとなにかが割れる軽い音がして、神影は首を左へ動かす。

 十センチほどの長さで細い台形をした濃い茶色の棒をもそもそとリオトが食べていた。


「ん?  ああ、食べるか? 甘くてうまいぞ」


 神影の視線に気がついたリオトは、ベルトのポーチから銀紙に包まれた同じ形の棒を出して差し出す。反射的に受け取った神影はまじまじとそれを眺める。濃い茶色で甘いもの。神影はすぐに答えがわかった。


「チョコレート?」

「そうそう」


 銀紙をはがし、マフラーと口元を覆っているマスクをずらしてチョコを口に運ぶ。


「うまいだろ?」

「うん!  ねぇ、リオト殿……」

「ん?」

「どうして……、女の子の君が軍属になったのか、聞いてもいいかな……」

「人探しだよ」

「…………え?」


 ただの興味本位ではあるが、なんだか聞いてはいけないことを聞いているような気がして、真剣な面持ちと重苦しい雰囲気で聞いたつもりだったのだが思いのほか明るい声であっさり即答されてしまい、思わず聞き返してしまう。


「だから人を、恩師を探してるんだよ。世界と人生と運命を悲観して、やさぐれてたオレを拾って、五年間にわたって武術とか知識とか、他にもいろんなことを教えてくれた人だ。でも二年前、ある日の朝に忽然と姿を消した」

「ひょっとして、駐屯地へ来る途中で少しだけ様子がおかしかったのは……」


 うん、と短く答え、二本目のチョコを取り出す。


「初めてユリウスと出会ったときに、運悪く借り作っちゃってさ……。それで恩師探しを手伝う代わりに駒になれって取引したんだ」

「じゃあ、リオト殿が《荒事あらごと専門》っていうのはどういうこと?」

「そのままだよ。軍に席はあるけど、厳密に言えば軍人じゃない《軍属》のオレの仕事は基本的に村や街に被害を出す魔物の掃討とか、荷馬車を襲う賊退治とか。前に一度、用があって遠くの街に行ったユリウスや他のお偉いさんに用心棒としてついてったこともあったかな…」


 軍属としてのリオトの仕事を理解した神影はすぐに聞かなければよかったと後悔した。

 女の子であるはずのリオトにはある《度胸》が、男であるはずの自分には無いのだと理解してしまったからである。

 もらったチョコを食べながら、体勢を変え膝を抱えて座り直した。


「お前は?」

「僕……。僕は……」


 脳裏をよぎる記憶。両親や友人、たくさんの人に囲まれ、賞賛される大きな背中。どれだけ手を伸ばしても、声をかけても、何をしても、誰も自分に気づかない。見向きもしない。いつになっても、どうやっても、あの場所に手は届かない。

 自身の両手に力がこもったことに、神影は気が付かなかった。


「家に居たくなくて……、軍に入れば生活費は困らないし、一人で生きいけると思って…………」

「実家と島飛び出しちゃったか……」

「まぁ、そんなとこ……」


 ふーん。とさして興味もなさげに返事をすると、リオトはチョコを口に咥えて両手で腰の大きなベルトを触る。ものの数秒で外れたそれを脇に置くと、ごろりと大木の根元に寝転がった。

 神影は何気なく隣に置かれたリオトのベルトをながめる。

 やや大きめのベルトには幾つかのポーチと蒼い刀が取り付けてあり、さらには二丁の銃が交差するようにつけてあった。

 おそらくその銃はベルトを身につけると腰の真後ろにくる形になるので見えなかったのだろう。

 ということはリオトは刀と銃が武器なわけだが、どちらを主体に戦うのだろう。自分にバックアップを頼んできたし、やはり刀だろうか。

 そこで神影は今夜の作戦のためにお互いの戦闘スタイルについて詳しく話し合おうとリオトに声をかけることにする。


「リオト殿」


 だが返事は返ってこなかった。顔をのぞきこんでみると、かすかに穏やかな寝息を立てている。

たとえ一見男のようでも、どれだけ男のように振舞ってみても、あまりに無防備であどけなく、かわいらしいその寝顔は、紛れもなく女の子そのものだ。

 起こすのもかわいそうだし、もう少しこのまま寝かせてあげよう。

クスッと笑みをこぼしながら正座をくずし、大木に背を預けて楽な姿勢を取ると、頬を撫ぜる風を感じながら神影もまた目を閉じた。




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