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森の入口から通算して徒歩二十分弱。少し変わった彼、神影の案内により、リオトは森の中の大きく拓けた場所にたどり着いた。
森に紛れるようにして濃いモスグリーンのテントが立ち並び、浅葱色の軍服に身を包んだ者達が行き交いするそこは紛れもなく帝国軍の駐屯地だ。
その不規則に立てられたテントのなかで、奥に立てられたたった一つだけ他の物より一回り大きなテントが今回の大規模魔物討伐作戦の簡易指令室である。
「失礼いたす」
中へ入った神影に続き、リオトもテントの垂れ幕をくぐる。
比較的広いテント内の奥にある簡素なデスクに腰掛けた男が伏せていた顔をあげた。
「来たね」
紙の上で軽やかに踊らせていたペンを止めて紙の横に置くと、男はゆっくりと席を立って二人に歩み寄った。
寝癖のように跳ね回っている黒みがかったくせっ毛の青緑の髪。リオトの姿を捉えたややタレ目の翡翠の瞳が穏やかに細められる。
「ユリウス・ハイデリヒ・ヴァン・フェイオンド大佐。アーヴェイド帝国軍《軍属》、特務師将官リオト、救援要請に応じ、ただいまはせ参じました」
姿勢をただし、右手を額に添え敬礼。
「わざわざ呼びつけて悪かったね。楽にしていいよ」
敬礼を返され、早速リオトは右手をおろして体の力を抜いた。
「神影も、迎えと道案内、御苦労様でした」
次にリオトの少し後ろにいる青年、神影に視線を移し、ユリウスは労いの言葉をかけた。リオトもなんのけなしに振り返り神影を見やる。
―――ああ。思い出した。《ニンジャ》、とかいったっけ…。
不意に脳の片隅から転がり出てきた答えに、リオトはそうだったそうだったと一人納得する。
「いえ。では、拙者はこれにて」
「ストップ」
踵を返すもすぐに呼び止められ、出入り口の垂れ幕まで一歩足を動かしたところで神影は動きを止めて振り返った。
「リオト、及び喰月神影両名に命じます。今回のこの討伐作戦中は二人で行動し、速やかに任務を遂行しなさい」
「え?」
「あ?」
神影と声を被らせたリオトは顔をしかめて後ろへ回していた首を即刻前へ戻し、今度はユリウスを見る。いつも任務は一人でこなしていたリオトと神影は突然言い渡された命令に驚愕と困惑を隠せない。
特にリオトは突然呼び出された上にいきなり初対面のようわからん変わった人間と組めと言われ、脳内処理が追いつかない。
「ちょっと待て天パ! そんな話は聞いていないぞ!」
「今初めて言ったからね」
噛みつかん勢いで言えば、他人事だからかなぜかさぞ楽しそうに、愉快そうに笑ってふざけた返答を返す目の前の上司を殴りたい衝動を辛うじて抑えながら、リオトはユリウスを睨みつける。
「フェイオンド大佐、それは…いったいどういう…」
「上からの命令だよ。僕じゃ覆せない」
呆然とする神影にユリウスは肩をすくめ苦笑しながら答える。
「ったく、わーったよ。今回だけだからな」
「ご、ご命令とあらば…」
不服そうにそっぽを向きながら腕を組むリオトと不安そうに俯きながら渋々小さく呟いた神影は、ユリウスの含み笑いと、その心中の企みに気がつかなかった。
「じゃあ早速だけど、現状の整理も兼ねて作戦状況を話そう」
ユリウスが簡易デスクの横の大きなテーブルに歩み寄り、その隣にリオト、向かいに神影が立ち、テーブルを囲む。
テーブルの上にはこの辺り一帯の地形などが記された地図が広げられていた。
「今僕たちがいるのはここ」
言いながら、ユリウスは地図上に浅葱色の軍服と同色の自分たちを示す碁石ほどの大きさの石を置く。
「そして今回の討伐目標である魔物達がいるのは大体この地点」
今度は敵を示す、ルビーのような赤色のガラス細工の碁石を浅葱色の碁石から四十センチ弱離れた地点に置いた。
「なにぶん数が多くてね。そこそこ強い魔物たちもいるし、僕たちだけじゃ対処しきれなくて、やむを得ず《荒事専門》である君をここに呼んだわけだよ、リオト」
「魔物たちの討伐なら手当たり次第に暴れていいんだな?」
「好きなだけストレスをぶちまけちゃって構わないよ」
「よし」
両手を絡ませて関節を鳴らしながら口の端をつりあげたリオトは、まるでよからぬことを企てた悪人のように笑う。
「しかし、問題が一つあるでゴザル」
「問題?」
「ひうっ…!」
ビクリ。今度は盛大に肩を揺らし、おまけにかわいらしい悲鳴をあげた神影にいろいろな意味で言葉をつまらせたリオトは、なんとも言えぬ顔でユリウスを見る。
「親玉だよ。しかもかなりの大物でね。東の地点で確認したから、おそらく今はこの辺りに身を潜めているはずだよ」
涼しい顔をして神影の言葉を引き継ぐユリウスの右手の人差し指が地図の上で弧を描く。
「じゃあ、ニンジャくんにサポートをしてもらいながらオレが突っ込んであらかたの魔物を一掃して、のがしたのは兵たちに頼むとして、そのままボスを仕留めるか……。頼めるかな、ニンジャくん?」
「こ、心得た……!」
「兵たちの準備が整い次第作戦を決行する。それまでは解散だよ。頼んだよ、我らアーヴェイド帝国軍の若きエース」
微笑むユリウスに物言いたげな表情をするも、結局リオトは一言も言葉を発することなくテントを出て行った。