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「リオトちゃん!!」
リオトの指示に従いシュヴァルツを連れて戻ると、そこにリオトの姿はなく、三人の隠密部隊員が伸びているのみだった。
リオトがどこへ向かったのかはわからないため、とりあえず隠密部隊員を連れてユリウスの執務室へ戻った一時間後、リオトが医務室へ運ばれたという、使いの一般兵からユリウスへ向けられた報告を聞いたアリアはユリウスの執務室を飛び出した。医務室へ運ばれたという話を無意識に悪い方向へ解釈してしまい、不安と恐怖が入り交じった感情を胸にノックも忘れて医務室に飛び込んだ。
肩で息をするアリアの目がまず捉えたのは紫色の髪に白衣を着た男に腕や顔の傷を処置されている途中でこちらを見て目を丸くしている神影だった。
「ひ、姫様!」
「リオ……ちゃんが………はぁ……、ここに、……運ばれたって………!」
息も絶えだえのなか、アリアは呼吸が苦しい苦しいため胸を押さえながら言う。
「リオトくんならそこのベッドです」
神影の傷の処置で両手が塞がっているため、白衣を着た男は顎で医務室の奥のベッドを示す。アリアはすがりつくようにベッドに駆け寄る。清潔感漂うシンプルな白一色のベッドの上で、穏やかに規則正しい寝息をたてるリオトがそこにいた。顔には別れる前よりもガーゼや絆創膏が増えていて、アリアは悲しそうに眉尻を下げる。
「強力な即効性の麻痺をくらったそうですので、解毒剤は射ちましたが、体も完全に回復して目が覚めるのは早くて明日ぐらいになりそうです」
どうぞ、と白衣の男、ギルバートはアリアの背後から椅子を差し出す。
「まぁとりあえず、これはリオトくんの強さの秘密を徹底的に解き明かす絶好のチャンス……!」
どこからか取り出したメスとメガネが医務室の明かりを反射して妖しく光る。聞き捨てならないセリフを聞いてギョッとしたアリアはリオトに覆い被さってガードし、同じ反応をした神影もまた慌ててアリアとリオトを背に庇うようにしてギルバートの前に立ちふさがる。
「やめんかバカ」
この部屋の扉からそんな言葉と共に低い声がギルバートを諌める。振り返ったギルバートはにこりと笑って返す。
「やだなぁ、冗談だよシュヴァルツくん」
部屋に入ってきたのはシュヴァルツだった。ユリウスの執務室でアリアと共に報告を聞いたシュヴァルツは冷静に反応したため、特に焦ることもなく歩いて医務室まで向かい、報告を聞くや否や部屋を飛び出していったアリアに続いてリオトの様子を見にきたのだ。
「あおのバカは無事か?」
「痺れ薬で眠ってるだけだから、明日には目を覚ますさ」
ギルバートのセリフから敬語が消え、口調が砕けた。二人はかれこれ十数年の付き合いで、腐れ縁なのだ。
「ところで、神影」
「は、はい……」
「この一件をこれから皇帝に報告する。ストレイフはきっと解散になるだろう。お前はこれからどうする気だ? また一軍人としてやっていくか。軍をやめるか」
神影が俯く。そうなるであろうことは神影もわかっていた。ストレイフが無くなる以上、軍自体にもう居場所がなくなる。故郷へ帰ることにも抵抗がある。
「僕は……」
「う……うぅ……………」
決められない神影が呟いたそのとき、気がついたのか、リオトがうめいた。
「リオトちゃん……? リオトちゃん!」
アリアが揺さぶると、リオトは瞼をゆっくりと開けた。焦点の合わない目が宙をさまよう。
「あ、りあ……?」
「リオトちゃん!」
ベッドに横たわったままのリオトを、アリアは思い切り抱きしめた。
「ほほう。これは驚きましたね。ますます解剖し……」
「ギルバート」
再び取り出したメスとメガネを光らせるギルバートをシュヴァルツが先ほどよりも一際大きく強い声で戒める。
「大丈夫? どこも痛くない?」
「ああ……。まだ、しびれがのこってるけど……」
アリアに支えられながら、リオトは上体を起こすとシュヴァルツに言った。
「シュヴァルツ、フォンダンショコラ……五こだからな」
五だぞ、五……と右手を精いっぱいパーにして五個と示し、前へ伸ばす。こんな状況でもしっかりと貸しの返上を求めるリオトに、シュヴァルツは呆れ混じりに笑いながらあとで差し入れよう、と返した。
「それから、神影」
何を言われるのかが、なによりも怖くて、神影は肩を揺らして恐る恐る振り返る。だが、視界に入ったのは予想に反して穏やかな表情をうかべたリオトだった。
「だい、じょうぶ……か……?」
まだ体に居座っている痺れのせいで、幼子のような拙い喋り方になりながら、リオトが笑う。
「リオト……、殿……」
リオトが口にした言葉は、罵倒でも憤りでも非難でもなく、気遣いだった。それがただ嬉しくて、でも守れずに危険な目に合わせてしまったことが悔しくて、神影また涙を流す。
「やーい…、な、き、むし……」
「少しは………怒って……よ……!ぐすっ……、お前の、せいだって……、責めてよ……!」
崩れ落ちるようにその場に座り込み泣きじゃくる神影にリオトは困ったようにえー、と返した。
「僕が……、よわ……から……、僕のせいで……リオト殿……死に、かけたの……に……!!」
「じゃ、とって……もらおうか……………」
「ふ、え……?」
神影が赤くなった鼻をすすりながら顔を上げる。
「なに……を?」
「せきにん……、とってくれ……」
・・・。
「ふ、ふふつ、ふつつつつつかものですが、よよよよろしくお願いしま───」
リオトの言葉をどういう意味で捉えたのかはあえて言わないが、見ている側の目が痛くなるぐらいに顔を真っ赤にしながら正座をし、礼儀正しく頭を下げる神影の頭部に枕が剛速球の勢いで投げられた。
「しばくぞてめえ…」
投げたのは神影の思考をよんだリオトだった。痺れる体を無理やり動かして今発揮できうる限りの渾身の力で神影の頭目がけて、投げたのだ。
神影の首からゴキッという音がした気もするが、無視。
「そうじゃ、なくて……」
「リオト、もう辛いだろう。今は安静にして体を休めろ」
無理に体を動かしたことが早速たたったか、辛そうに顔をゆがめるリオトに気がつき、シュヴァルツはベッドのそばまで歩み寄るとリオトの額を軽く押す。リオトはそれに抗うことなくバフンとベッドに倒れ込んだ。
「話を戻すが、今回の一件でストレイフはおそらく全員が除隊をまぬがれない。そこで神影、お前には正式にリオトと組んでもらう」
「え?」
「え」
ゴキッと音がした首をさすりながら、神影は顔をあげる。
しかし驚きの声を上げたのは彼だけではなかった。
「お前がのぞまなくても、大佐や元老院たちも最初からそのつもりだったようだ」
「なんだ……。よかった…」
今回のことで神影の居場所が無くなると感づいていたリオトは彼に自分かユリウスの手伝いをさせ、軍を追い出されずに済むようユリウスやシュヴァルツたちに掛け合う気でいたのだが、どうやら見抜かれていたらしい。
神影の処遇に安堵したリオトは体の力を抜き、ベッドに体重を預ける。無理しちゃだめだよとアリアが布団をリオトの肩まで引っ張った。
すると、涙をぬぐいながら神影が立ち上がり、アリアやシュヴァルツがいる方とは反対側のベッドの脇へ歩み寄り、跪く。
「リオト殿。もしも君が許してくれるなら、僕は君についていきたい。僕が、リオト殿の影になる。幾久しく傍にいて、お仕えし続けるでゴザルよ…」
目を閉じて静かに聞いていたリオトが不意に布団の中から手を出し、神影の頭をわざと乱雑に撫でる。
「わっ!?」
「言っとくが荒事専門は重労働だぞ。あと師匠探しも手伝ってもらうからな…」
照れてしまったのか。ぶっきらぼうに覚悟しとけよと呟いて体ごとそっぽを向くと、たぬき寝入りか否かもうなにも喋らなくなった。
「うん! ありがとう、リオト殿!」
かき乱された髪の毛を直しながら、神影は嬉しそうに笑った。
絶対にこの子を裏切らない。もてうる全てを以てお仕えし、彼女の力になって、いつか離れる時が訪れるまで傍に居続けようと固く誓って―――。




