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金属が揺れ、擦れ合う音と、重々しいものが地を駆ける、地響きが伴うような音が鬱蒼と茂る森に響きわたる。
すでに日はすっかり暮れているものの、満月の月明かりが射し込み比較的明るい森の中を騒がしく移動しているのは浅葱色の鎧を身に纏った兵達だ。それぞれ自身の身の丈ほどの大きなシールドに鋭利な剣や槍などの武器を手にしている。
前を見据える兵たちの鋭い視線の先には、彼らを敵とみなした狼の姿をした魔物たちや猪の姿をした魔物たちが、喉の奥を鳴らして唸り声を出すなどして威嚇している。
魔物とはほぼすべての種類が鋭利な爪や角を持ち、四足歩行や二足歩行で移動する動物に近い生き物で、体の大きいもの、小さいもの。草食、肉食。攻撃的なもの、そうでないものと、性質や姿は様々である。
アーヴェイド帝国軍兵士である彼らが今回指揮官から言い渡された任務は、繁殖して数が増え、住処のある森で手に入る食料だけでは腹が満たされずもっと大量の食料を求めて近くの村の作物を食い荒らす魔物たちを一気に討伐するという大規模作戦であった。
雄叫びをあげて魔物たちが一斉に兵士たちに飛びかかる。それを合図に、兵士たちは魔物たちに負けず劣らずの雄叫びをあげ、各々の武器を振り上げる。魔物たちの爪や角と兵士たちの武器がぶつかり合うと、その後ろの茂みの向こうから赤や青、緑や茶色といった光が瞬き、灼熱の炎や激流の水、時には荒れ狂う風や槍のように鋭利に盛り上がった大地が魔物たちを襲い、傷ついた兵士たちは淡い緑の光に包まれ、傷が治療される。
兵士たちと同じ浅葱色の軍服の、しかし鎧ではなく小ぶりな肩あてや胸当てを付けただけの軽装備に杖などを持った、後方支援専門の魔術師部隊による魔術である。
痛みか、それとも死ぬことへの恐怖と悲しみか、はたまた力及ばなかった悔しさからか、力尽きた魔物たちが鳴き声をあげながらを巻き上げて地に伏せ始める。だが、すぐに新手の魔物たちが残りの仲間を守り、死んだ仲間の仇をとらんと牙をむく。
わずかな優勢を保ち続けるべく、兵士たちはペースを上げて魔物をなぎ倒し、魔術師部隊は休むまもなく回復と攻撃を繰り返す。
戦い慣れている彼らは現状からこの戦いが長期戦になることを容易に予測できていた。だが魔物のほうが数が多く、──学習能力の有無も種類によるものの──土地勘もあるためこちらが不利だ。
その時、何人かの兵士達が魔物達の背後、森の奥を凝視する。魔物達とは別の、なにか大きく、危険な気配を感じたからだ。
木と木が月光を遮り作り出された、深い無音の闇のなかで、二つの赤い光が不気味に浮かび上がった。それは地響きを伴ってゆっくりと近づいてくる。轟音にも似た雄叫びが兵士たちの体や鼓膜を揺らす。はっきりとした姿は見えず、影だけしか視認できないが、兵士達の何倍もあるあの大きな影は間違いなく、魔物達のボスだ。
途端に焦燥し守りに転じ始める兵士たちと、攻めの勢いを増していく魔物たちの様子を数メートル離れた地点の木の上から確認した《影》は、そっと闇に溶け込むように消えた。
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「フェイオンド大佐!」
名を呼ばれた男はくせっ毛の青緑の髪と、身に纏う浅葱色の軍服の裾を翻して背後を振り返る。
霧のような黒いモヤがやがて《影》となり、次第に背の高い青年の姿へと変化した。青年は男の足元に跪いてしゃがみこみ、俯くように軽く頭を垂れた。
「神影くん。状況はどうだった?」
「歯が立たぬわけではないのですが、思ったよりも魔物の数が多いために兵はみな苦戦しています。それに、東の地点でおそらく魔物たちの大将と思われる大型の魔物が出現。現在交戦中にございます」
「小型や中型ばかりだからと、魔物たちを少し侮っていたね…」
男は顎に手を添え、「さて、どうしようかな」と冷静に考え込む。
「わかった。一度撤退命令を出そう。神影くん、本部に文書を送ってもらえるかな?」
「承知いたしました。ですが、どうなされるのですか?」
腰をあげた青年に、男は先ほどの真剣な表情とは打って変わって楽しそうに笑って答えた。
「アレを頼ろう」