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美食家シリーズ

美食家の嫉妬

作者: 陽向楽


「ねぇ、私は執着心が人一倍強いの。美味しいものにも大切なものにも」


バリバリの出来る女課長であり、実はなかなか面白く可愛い彼女と付き合い始めて1ヶ月。唐突に呼び止められ振り返って見た彼女の顔は険しかった。


「美味しいものへの執着心とか執念が強いのは知っていたけど、どうしたの?」


特別急ぎでもないが、お互い書類を手にしてるし、僕の抱えた資料は早めにまとめておきたい物だし、今日は帰りにスーパーに寄りたいから残業はしないように色々片付けたい。簡潔に結果から述べる彼女らしからぬ言葉に首を傾げれば、彼女の眉間には深いシワが刻まれた。


「アナタ、わざとなの?それとも私と別れたいってこと?」


「え?なんで別れるとかになるの…」


冗談を言っている様には見えない彼女にギョッとして持っていた資料を取り落としそうになった。お昼の弁当に入れた試作のメニューを美味しそうに食べてくれる彼女にまた好きだと意識を深めたのに。


「…背中に、ハートの付箋に愉快な台詞が書かれてるわよ。随分総務の子と仲が良いのね」


彼女の言葉に慌てて資料を近くのデスクに置き、背中を触ってみるとカサリと貼り付けられていたハートの付箋を取ることが出来た。赤いボールペンで沢山のハートと日曜日楽しみですと書かれている。彼女は先程まで僕が総務へ行っていた事を知っている口振り、ということは。


「誤解だ!あの子は僕の同期の奴と付き合ってるんだから!僕はキミに好きと言いながら別な女の子と遊びに行ったりしないよ!」


資料庫の鍵を返しに行き同期の奴がいたらと思って奴のデスクまで近付いた時に総務2年目の子と話しているところを見られたのか。ハートの付箋はあの子から同期の奴へ書かれたもので、奴のデスクに寄りかかっていたときにあの子が貼り付けたのをくっつけてしまったのだと説明しても彼女は納得していない。


「随分と楽しそうに話しているように見えたわ。満更でもないんじゃないの?」


ぷいっと拗ねた彼女が愛おしくて仕方のない僕がよそ見なんかするもんか。


「たまたまあの子が家にコンソメも薄力粉もバターもないのにグラタン作りたいとか言ってたから突っ込んだだけ。同期の奴から僕の趣味を聞いてたからアドバイスが欲しいんだって相談されて、作ったことないなら簡単に出来るグラタンの素を買って作るように言ったんだ」


慣れればそれほど大変じゃないし、ホワイトソースの味を自分で調節できるから出来るようになると良いんだけど、初めてならグラタンの素とか買って玉ねぎ鶏肉とかを切って一緒に煮る、という方が間違いないからと話しておいた。作ったことのないものを見栄でホワイトソースから作ろうとするのは危険だよ。


「…そうなの」


「だいたい、僕が好きなのは見栄で料理を作れるように見られたい子じゃなくて、美味しいものは大好きなのに自分では作れないって自覚してて僕に甘えてくれるキミだからね」


本音を告げるといつもは涼しげな色白の頬が赤く染まっていった。そんなりんごのような頬を舐めたりしたら怒られるだろうなと考え、今いる場所は会社で残念だという気持ちが強くなる。


「疑ってごめんなさい…」


聞こえるギリギリの声で謝る彼女が愛おしい。仕事では気を張って頑張り、仕事を終えるとふにゃりと気を抜いて甘えてくれる。


「じゃあ、今日は晩ご飯食べに来てね」


ぽんぽんと彼女の頭を撫でて、デスクに置いていた資料を持って移動する。


今日の晩ご飯はホワイトソースから連なって食べたくなったシチュー。玉ねぎと人参とじゃがいも、鳥肉と彼女の頬のように赤く熟れたりんご。冷蔵庫と野菜の残りを考えて、特にりんごは無いことに気付いてスーパーに寄るつもりだった。パンは焼けないからスーパーのパン屋で買おう。彼女が母親の作るシチューにはりんごを擦り入れていたと聞き、試して美味しかったからそろそろ彼女に食べてもらい味の感想をきいても大丈夫だと思う。


週末に晩ご飯のお誘いは仕事が立て込んでない限り泊まっていってという意味だと彼女は気付いている筈だから、シチューを多めに作って明日はドリアにしても良いだろう。


残りの仕事が捗りそうだと笑う僕を彼女が恨めしそうに見ていたのは知らないね。ハートの付箋は後で同期の奴のデスクに貼り付け直しといた。




お付き合いして1ヶ月経った彼女と彼の話。

昨晩作ったシチューはなかなか美味しくできて幸せだった。

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