その13 トモリ、キレる。
もう少しでルイさんの家に着くという所で、ベガさんは目を覚ました。
「トモリ……?」
「うん、そうだよ、ベガさん」
「文明族は?」
「和解したよ。もう、命を狙われることは、無いって」
「それならよかった。 ……なあ、オイラも、歩いた方がいいよな?」
「ううん、もうすぐルイさんの家だし、今はこのままでもいいんだよ」
「そっか……じゃあ、お言葉に、甘えさせて、もらうな……」
そう言って、ベガさんは再び、何も話さなくなった。
代わりに、寝息がスヤスヤと聞こえて来て、ベガさんのことを可愛いなあと思ったのは内緒。
普段は可愛い顔してかっこいい人なのに、今はただ、可愛いだけの少女にしか見えない。確かに、男の子のはずだけど、時折見せる可愛い一面が、余計に愛らしく感じるんだよね。デジャヴだけど。
ん、男の子……?
あれ?
「…………」
うん、あるものが無い気がするけど、多分気のせい、だよね。負ぶっているから当たるものだとおもってたけど、そんなことはないんだね。
あれこれ考えているうちに、家に着いてしまった。
私は入口のチャイムを鳴らすと、直ぐに扉は開いて……。
「トモリちゃああああああん大丈夫だった!? 誘拐されてないよね、誰かに口説かれたりしてないよね、ちょっとかっこいい男に言い寄られたりしてないよね、ホテルに連れ去られたりなんてしてないよね!?」
姉が来た。でも、今はこの雰囲気が一番安心するような。
「大丈夫だよ、言い寄ってくる男は、追い返したから」
わたしは冗談っぽく言い返す。正確には男がベガさんを連れ去ろうとしたのだけれど。
「よかった!! だって、トモリちゃんはルイ君と付き合うんだもんね!!」
そうそう。異様というか、ちょっとこわいヘリオクスやネオに比べたらルイさんと……。
え?
ルイさ……え?
ル、え?
「いらっしゃいトモリ。アカリから話は聞いたよ。うちのルイと付き合いたいんだってね。父親として、本当に嬉しく思うよ」
……へ、いやいや夜天さん。何を仰っているんですか。
「姉さん。あなたわたしが居ない間に何を話したの?」
「え。トモリちゃんが言ったじゃない、『伝えておいてもらっていい?』って」
そこで夜天さんは何か察したようで。
「んん……。どうやらアカリは何か勘違いをしているみたいだね」
「勘違いにも程がありますよ!」
私は思い返す。
『そういえば、ルイさんのお家に入るの、初めてかも』
『あー、そいえばそうだね~! な~に~トモリちゃん。もしかして~、大好きな匂いで興奮しちゃ(ふごーー!! もごご!!)』
「…………。」
『そこはお気になさらず。それで、ですね。多分ですが、彼は……恋愛をしているのではないでしょうか』
『……は?』
『へ?』
「…………。」
『姉さん』
『……ピンク色!!』
『その話はさっき終わったよ。というか話すらしてないよっ!』
「…………。」
『トモリちゃんなんだか真面目な顔してるー!!』
『え、そうかな』
『うんもうホント。すっごく分かりやすかったー!! ところで、何考えてたの?』
『それはー……秘密だよ』
『えー!!』
まさかとは思うけれど、姉は終始、朝倉研究所の話なんてろくに聞いていなくて、ずっと私とルイさんの恋愛事情についてだけを考えていたのか。この『秘密だよ』という言葉も同じように捉えていたのだろう。
姉視点で見れば、『ルイさんのお父さんが来たら、伝えといてもらっていい?』という言葉が、わたしのルイさんに対する想いに聞こえるのも頷け……。
……無理。
話の転換というものを理解していないのか。
真面目な話すらまともに聞くことができないのか。
常識的に考えて、わたしがそんなことを頼む訳がないということも理解できないのか。
そもそもなんでそんな恋愛の話題だけ神経質にも覚えてるんだ。
わたしの行動をすべてルイさんへの想いみたいに捉えるな。
「俺は退散するぞー。二人とも仲良くなー」
せっかく気分よく戻ってきたというのに。姉のせいで全部すっ飛んでしまった。
前言撤回。姉がいるこの雰囲気に、安心感なんてカケラも無い。
フツフツと、今までの怒りがこみ上げてくる。今日限りのものだけではない。
いつもなら許せていたことも、思い出せば全てイライラに変わっていってしまう。
「……アカリいいいいいいいいい!」
「あはは、トモリちゃんが怒ってるー! こわーい!」
うるさい、うるさい、うるさい!
今日の姉には容赦しない。
「そんなんだから学校で残念美人って言われるの!! 判ってんの!?」
「トモリちゃんだって、普段は隅っこにいるから『暗がりの少女』って言われてるんだよー?」
「そうなんだー。これからはもっと積極的にクラスメートと関わっていこっと! どう考えても十分あなたの方が酷いよいい加減にしろ!」
「うるさいよ……。頭に響く……」
……あ。
いけない、思わず我を忘れてしまったけれど、今背中にベガさんを背負っているんだった。
「ベガさん、ごめんね。」
「ああ、こっちこそごめんよ。そろそろ、降りるよ」
そう言ってベガさんがひょこっと、わたしの背中から後ろに飛び降りる。
「なんだろうー。自分が悪いみたいで、なんかやだなー」
「いや、アカリが悪いから。」
今日はアカリを姉さんとは呼ばない。それを心から誓ったのだった。




