その5 音速の力
それから数分が経ち、休み時間も終盤に差し掛かった頃、僕はふと、今朝見た夢の内容を、断片的ながら思い出す。
……火事。
そうだ、自分の家が、大きな炎に巻き込まれて。
「まさかね」
一人で呟き、朝、変な行動を取っていないか整理してみる。
『ベガが先に学校へ行って、テレビを付けた』
『それを見た後大好きな玉子スープの用意をして……』
『そ……の途中で……学校の……準備をして……学校へ……来た』
「…………」
「もしかして」
とんでもない事をしてしまった。いや、とんでもないだけで済むか。済まないだろう。
……コンロの火を止めてない。
サァーッと、血の気が引いて行く。
さあどうするか、マズイ、マズイぞ。学校から家までは約1キロ。今から戻っていたら休み時間中―残りは二分である―には戻れない。
どうしよう。夢で見たことが正夢になってしまう。
考えを巡り巡らせる内に、ベガが声をかけてくれた。
「なあルイ、顔色悪いぞ」
「ベガぁ……」
「具合でも、悪いのか?」
事の経緯を説明すると、ベガは立ち上がり、「オイラの能力を忘れたか?」と聞いてくる。
この子、ベガは変わっている。単に変わっているのとは異なっていて、これは「人間とは違う」という意味だ。
実を言うと、ベガは人間ではない。名前から察することが出来るかもしれないが、人間に見た目そっくりな異星人だ。それだからという理屈もおかしいかもしれないけれど、人並み外れた体力や、力を持っている様子。
その力を説明するならば、音速、つまり秒速約340メートル―旅客機と同じぐらいのスピード―で移動することができるという、にわかには信じられないものなのだ。音速は授業で勉強したから間違ってはいないはずだ。
おまけに、体温や外気温によって速度が変わるとかなんとか。
僕たちは、授業の準備を進めるクラスメートにばれないよう、廊下に出て、人があまり居ないことを確認する。
「じゃ、行ってくる!」
瞬間、辺りで足並みを崩す程度の暴風が発生する。ベガが力を使った証だ。風が過ぎ去ると、後に静けさが残る。台風一過のような静けさだけが。
前までは、身体が支えられないほどの強い風だったのだけれど、今回はどうやら、初速を弱めてくれたようだった。
ベガは、力を校内ではあまり使いたがらなかった。当たり前だけれど、校内で突風が突然吹き荒れたとしたら、その被害は甚大だろうと考えていたからだ。しかし、最近その力を上手く制御できるようになり、いきなり爆速を出すことは無くなった。そのためベガは、校内でも力を使え――。
――ベガが帰ってきた。
目前に迫る、音となりし異星人。
……止まる気配が無い。
僕は悟った。
「これ、ぶつかるね」
これが本当の、サトリ世代。諦めが早い。
……おやすみ。
「危なかった。もうスープが気化してて後は火事になるだけだったぞ……ってアレ、おーい、ルイ?」