その4 騒音少女②
「姉さん。流石に……これはマズいよ。ルイさん泣いてるし」
「ノンノン、泣くぐらいが丁度いいよ! だってルイ君だもん!」
僕を何だと思ってるんだ……。アカリの玩具じゃないんだよ。痛みも全て理解できる、立派な人間だよ。
「ルーイ、生きてるか―?」
ばっちり生きてるよ。でもこれがあと数発来たら多分、魂が別世界に旅立ってしまいそう。
「でもまあ、よく見ると、ルイ君幸せそうだよ。見て、こんな笑顔になっちゃって!」
「どこがだよ。そんな癖は抱えてないよ」
「そんな癖『は』?」
――墓穴を掘った。なんだかこのネタまたどこかで使われそうな気がする。そしてアカリにまた嘲笑われるんだろうなぁ。
「はい、ストップ。そこまでだよ。アカリ」
ようやくトモリによる(ドクターストップならぬ)シスターストップがかかった。いやいや、もっと早くに出してよ。殴られる前でもよかったんじゃないのかな。
「えーつまんないの。だって元気無い人を元気にしてこそのあたし―チア部としての誇り―だから、重たい空気の人は見過ごせないのー。元気にしてあげたいだけなのに」
発言だけを聞けば、テンションが下がったように見えるだろうが、いやいやそんなことはない。今度は手元がやかましいのだ。その手は髪をクルクルと弄ったり、両手は開閉を繰り返したりと、あまりに落ち着きがない。ステップを始めたり終わらせたりと、本当に煩わしい。
「姉さんの気持ちは分かるよ。でも、そんなの自分勝手な考えだと思うよ。姉さんはいっつもそう。クラスにいる時は、いつもルイさんの近くでうるさくして、周りが見えてないんだよ。ほら、周りを見て」
「そうかなあ……ん?」
呟くアカリをよそに、僕もつられて周りを見る。
睨み、哀れみ、迷惑、見て見ぬフリ、耳を塞ぐ、嫌そうにひそひそと話をする。これらを行うクラスメートの視線が一気に直接、アカリの方へと向かっていた。
アカリの顔に目を向けると、既にその顔は一変し、青ざめていた。
「あ……ぁはは……」
例えるならば、突然遭遇した悪夢から、逃れることのできない表情だろうか。そして、少女は瞬く間に、変わり果てた姿へと変わっていく。
「……ごめん……なさいね。わたしの……せいだね……」
彼女の変化はあまりにも大きかった。その名前に見合った明るい性格までも、どんよりと、薄暗く変わってしまったように見える。歩き方も先ほどのハキハキと近づいてくるものとは全く違い、フラフラと、今にも倒れてしまいそうで心配になる。
トモリ曰く、アカリは、周りの人から嫌悪的な目線を大量に浴びると、癇癪を起こしてしまうらしい。それにしてもここまで酷いと、過去に何かがあった……としか考えられない。
初めて見たときから感じるが、アカリはこの調子で、果たして生きていけるのだろうか。
「トモリ……これ、大丈夫なの?」
席に戻って行くアカリを見ながら、僕は問う。自分の表情も引きつっているのを実感できる。
「……多分ね」
「そうなのかなぁ」
フォローしておけばそのうち元に戻るよと、トモリは笑う。本当にそれでいいのかな。
「トモリって、姉のことどう思ってるんだ? オイラ、それが気になってる」
「僕も思った」
「……えーっと」
トモリを見ると、穏やかな笑顔のようで、それでいて、どこか切なそうな表情を浮かべている。
「姉さんは、確かにうるさいよ。色々と迷惑なこともするし、わたしも本当に怒っちゃうほどの時があるけれど、でもね。良い所だってあるんだよ」
貴方たちは知らないと思うけど……と。この後の言葉が少し詰まってしまい、数秒ほど、僕らの時間が静止する。
「長くなりそうだし、今度話してあげるね」
何とか発した一言から、想像できないほどの重みを感じるが、何だかはぐらかされた気分だ。この後彼女は、それじゃあねと言い、自分の席に戻った。
僕たちが知らないだけで、実は彼女たちは、波乱のある人生を送ってきていたのだろうか。
そういえば、彼女ら姉妹は、六月までは一度として、学校へと登校してくることは無かった。名簿にしか名前の無い二人に関して、好奇心と興味で、担任に理由を尋ねる者も居たが、「家庭の事情なんだ」と一蹴り。そこから明白かつ妥当な答えは得られなかった。
しかし、彼女らをよく知る人物の話によると、トモリが致死率の高い、深刻な病にかかったと噂されていたとのことだった。だとしたら、姉を含めて不登校に関してだけは合点がいくが、アカリの癇癪については理解ができない。
そして彼は思い出したかのように「もしかしたら」と、もう一つ教えてくれた。
今と過去のアカリを比べると、全く別物のように思えるのだという。元々アカリもトモリも、落ち着いた性格であったが、ある日、登校を再び始めた辺りから、ガラリと性格が一変していたらしい。
今の姿からは全く想像できないが、少なくとも小学校時代は、二人とも似ていたということか。
「……まるで、全く別の彼女と入れ替わったかのようだった」と添えて、彼の話は終わった。
これを思い出したせいか、ますます分からなくなってきた。
僕はどうしても、彼女たちの過去について、知りたくなってきた。