その3 騒音少女①
結局、学校に到着したのは、一時間目終了の時刻であった。教材の一部が見当たらず、部屋中を探しまわっていたら、とんでもない時間になってしまった。ちなみに大好きな玉子スープは食べられず終い。無念なり……。
着いてすぐ、まだ残っていた担当教師に、遅刻理由ねぼうを伝えると、「またか」と、僕にとってはド定番の台詞を吐かれる。彼の表情に、怒りの素振りは全く無い。
何度も遅刻を繰り返すと、やはり教師側も慣れてしまうということか。
その後席に着き、机に突っ伏し、憂鬱な気持ちが無意識に、吐息と共に、口からも流れ出る。その様は、まるで念仏を唱える釈迦のようだったらしい。姿勢以外。
「……ついに悟ったか」
誤解だ。隣の席のベガはジト目だった。
「休みは三日欲しいんだよぉ……」
対してベガは、「気持ちは分かるけどな」と応えてくれた。
本日二度目のジト目だった。
休みの翌日は、誰しも登校はしたくないよね。隣のクラスでも、欠席者は常に四人は居るらしい。このクラスの欠席者がゼロ人なのが、あまりにも不思議だ。
「あぁぁ布団が名残惜しいぃ……」
未練たらたらにダラダラと過ごしていると、元気すぎる声がボリューム最大で聞こえてくる。
「ど・お・し・た・の・お寝坊さーーーーーーーん!!」
僕の気分に見合わない爆音だ。
彼女の名前は「夢空 明」。容姿端麗の、学校内でも突出した美人。チアリーディング部に所属していて人気を博している。その水色の長い髪がとっても綺麗で魅力的である。が、そんな彼女の唯一の欠陥が、この騒がしさだ。
神は全てを完璧にはしないと言うが、アカリは正に、それを体現したような存在なのだ。
「おきろぉぉぉぉおおおおお!」
「起きてるよ!」
彼女から発せられる突拍子もない言葉は、放たれる度にビクッとする。それと同時に気分を悪くさせる。言うなれば、まるでメガホンを使っているかのように。
流石は残念美人。周りの者は皆、そのように呼んでいるらしい。そんな彼女は何故か、僕のことを非常によく気に入っているようである。僕はあまり歓迎できないんだけどね。
「悪いけどさ、声のトーン下げて……」
「なんでよー!?」
気分の淀んだ僕にとってみれば、選挙カー並みの騒音である。
「もー。折角空気持ち上げようとしてるのにー……あ、そうだ、チア部らしく、応援したげるよ。 ガンバレーガンバレー! よどんだ空気、フットバセー!!」
言っても分かってくれない。
鳥頭なのだろうか。更にうるさくなった。
今度は公害レベルと言っても過言ではない。チア部の人気を揺るがすのではないのか。
励ましは薬になることもあるが、その度が過ぎていれば話は別。相手は公害なのだ。それ相応の対策をせねばならないだろう。政策も作られば。環境汚染の対策だ。学校議定書発布だ。国際会議だ。
……最早自分にも意味がわからない。
そしてやかましさは更にエスカレートしてきた。勘弁してください。
「ファイッファイッファイッファイィィィ!! オーーーーードゥユアベスッ!!」
しかもこの光景を見てベガはただ笑って見ているばかりだ。タスケテクダサイ。
光化学スモッグに包まれる環境に、僕の心は既に限界です。
「姉さん、随分と賑やかだね」
「ガヤが増えた……」
その正体は「夢空 灯」。アカリの妹である。彼女はアカリよりも髪が濃い藍色をしていて、アカリと同じロングヘアーである。部活は無所属。
「あー、トモリちゃん丁度いいところに来たー。今ルイくんを元気づけようとしてるんだ!」
「それは見れば解るよ。面白そうだし、わたしも見てることにするよ」
「おお、珍しくトモリちゃんが乗り気だ。これはわたしも本気出さないとね!」
え、本気って。というかトモリたすけ……。
「問答無用、目覚ましぱーんち‼」
「プロキオン‼」
――僕の身体が軋む音が、教室内に響き渡る。僕はそのまま机に横たわってしまう。