EP そして夢へと進みゆく―俺たちは、異世界へ―
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「械斗さん、械斗さん。起きてください、なのです」
「……んァ……後十分……」
「だーめーでーすーよっ! これ以上待ってはいられないのですっ」
これで六回目だと、アルトは頬をふくませてムッとしていた。
「それに、今日やっと稼働させるんですよっアレを……」
「……ああ、そうだっけな」
この俺、「能冥 械斗(あだ名はカセット)」が朝倉研究所に来て半年ほどが経過した。意外とも思わないかもしれないが、ここに来る前にはずっと、盗みを働いて生きてきた。
元々幼い頃から工作に長けていた俺は、家族や友人が壊したり、弟たちが欲しがったものを綺麗に修理したり、作ったりして過ごしてきた。それをすれば、皆が喜んでくれる。そのことに、十二分の幸せを感じていたんだ。
けれど、そんな幸福な生活は、中学一年の頃には既に、劣悪な物へと移り変わってしまった。
俺は勘当された。
理由は成績だ。俺の家庭はエリート思考で、未熟者は不要。よって、悪い成績を取ろうもんなら容赦はなかった。例え自分が、家族への親善や愛で尽くしていようが変わらない。
よくよく考えたら、喜ばれはしたものの、感謝の言葉を伝えられたことなど、それまで無かったかもしれない。
そして俺は、手に職をつけようと、様々なことを考えた。だが、それまで裕福で過保護な暮らしを強制されてきた身だ。どのような職業に、どうやってなれば良いのかなんて、知りもしなかった。
そして始めたのが、盗んだ物品を解体して、依頼された商品を作り出す、言わば「闇再利用ショップ」だった。元々手際と頭の働く人間であったため、誰からも感づかれることは無く、ひっそりと仕事に励むことができた。今は少し危険だけどな。
そんな生活に良くも悪くも慣れてきたある日、俺はある噂を聞きつけた。「人目のつかないような場所に、実験施設のようなものがある」ってさ。
うわチャンスだ。キタコレ。
実験施設といえば、良く分からない部品やガラクタの宝庫だ。俺にとっては宝の山さ。金のなる木にも見えた。そんな真実かどうかも分からないような場所を、金の欲しさゆえ探しに探した。それこそ、血眼になって。
……だけど見つからなかった。
もう頭打ちか、なんて思っていたある深夜に、事が一気に動き出した。なんでかってと、隕石……いや、アルトの落下があったから。あの光に魅了された俺は、研究所を探している途中であったため、偶然にもその近からず遠からずの場所に居た。そこで、無意識に落下付近まで近付いていって、あと少しというときに、遠目で朝倉を見つけたんだ。
その後にこっそり後をつけたことで、所在地が分かった……ってわけだ。
んで、このザマよ。三度目に捕まっちまった。
理由は……恥ずかしいから言わない。俺にだって恥じらいぐらいあるっての。
……まあその後に解放してほしいって頼んだら、アイツは全てを知っているかのような、理解しているような言葉を発した。
『君も苦労してきたんだねぇ。大丈夫だ、ここで働けばバイト代をやろう。それも、お前が好きなパーツの組み立てや溶接。その他諸々の技術を用いるものだ。それで、私の注文するものを作ってもらいたい』
時給2500円三食つきの貸部屋あり。朝はヤサシイ助手が起こしてくれる。そして何よりも、自分の好きなことを、悪行悪気ひとつ持たずにやれるなんて、こんな好都合な話はない。俺はそれを承諾し、朝倉とアルトリアとで、これまでやってきた。
そして今日、朝倉の目的は達成されることになる。
朝倉は自らの論の証明をするために、「ある場所」へ行きたいらしい。その場所が何処なのかは、俺もアルトリアも告げられていない。そういや、作っている装置が稼働した暁には、教えてくれると言っていた。俺は言われた通りに物を作ることならできるが、専門的な記号やら仕組みについては皆無だ。だから、目的の一切を、俺は把握していない。
着替えを済ませた俺は、早速朝倉の研究室へと向かった。そこには朝倉、アルトリア、そしてもう一人……「メイ」がいた。俺の名字にも「冥」の字があるが、全く無関係らしい。
朝倉はもうじれったそうに身体を揺すっている。子供か。
……いや子供なんだけどな。
「よし、全員そろったね」
「なあ、朝倉。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
こっちもこっちで、聞けることは先に聞いておきたいんだ。目的が分からないまま稼働をしたって、嬉しさや喜びの共有だって少ない気がするしな。
「ああ、そうか……まだ話していなかったなぁ」
そうして朝倉は、下を向き……そして覚悟を決めた表情でメイを見て、アイコンタクトを交わす。彼女が俯くと、俺とアルトリアを見て、そしてついに話し始めたのだ。
「君たちには難しい話かもしれないから、より簡潔に説明することにしよう」
あまりに真剣すぎる表情だ。俺らにすら覚悟を求めているようにも見える。
「な、なんか、朝倉さん、こわいのですっ……」
ハムスターのように縮こまりガッタガタ震えるアルトリア。もうこいつはハムスターで良い気がする。一方で曇った表情をするメイ。彼女も関わっているというのは知っているけど、何故切なげな顔をするのかは分からない。
「……諸々の説明は省かせてもらうが、私は『あるモノ』の存在が、あまりに奇妙に感じている。まだ仮説検証段階であるため、それをまだ君たちに教えることはできないが、その『あるモノ』を発しているのではないかとされる、謎の天体。仮にこれを『X』としよう。このXと似た存在がもう一つ別の世界線にも存在するとすれば……で……、……。 ……だから、波長計……効果という…………」
俺は確かここら辺で寝た。
「……ということだ。分かったかい械斗くん!?」
「んあ、ふぇい。」
「寝・て・た・じゃ・ないかこのぱこちんがっ!!」
「ぱこちん!?」
寝てたのは事実だから否定しない。だけどぱこちんってなんだよ。間違いなくこいつはバカチンと間違えている……意外にアホなのか。
「まあ簡潔に言うとッ別の世界、『異世界』に行くってことだよッ! 語弊はあるかもしれんがこれなら分かりやすいだろうッ」
「……は。え。ちょっと待てよ」
「待たん」
「即答かよ!?」
意味が分からない。確かに俺は、ワラワラ色々と作ってきた。だがそれらが別世界へ行くためのマシンになるとは到底考えられない。
「それだけ、途方もないぎじゅつを、械斗さんも朝倉さんも、持っていたってことなのです」
表情と考えを読み取られたかのように、アルトリアがモジモジとしながら答えるが、それでも信じられない。自分にそんな力があるなんてさ。
……ん、異世界……つまり別世界……ねぇ。
「……てことはさ、一つ質問」
「ああどうしたんだい」
「俺の罪の数々はどうなる?」
下衆な考えであるが、気になったから一応聞いてみる。
「まあ別世界に君が存在しないならば、罪なんざ無いだろうね」
チャンス再び。キタコレ。
人生の転機がこう一年に何度も来てよいものなのか。テレビで確認すると、ニュースで昔俺が拠点にしていた闇再利用ショップが取り上げられるようになってきた。世間は徐々に、俺が盗みを働いていたと感付いてきているようだ。俺の所在は明らかになっていないとはいえ、少しだけ気がかりだったから、これは朗報だ。
「で、いつ行くんだ? こうなったらとことんまで付き合ってやらあ」
追っ手から逃れたいことも、朝倉についていきたいのも本心だ。それに、奴が出来る人間だってこともこの半年でよく理解できたんだ。もしかしたら、俺を更生……もとい導いてくれる最高の人物なのかもしれないしな。
「えぇ……」
「露骨に嫌がられた!?」
「嘘だよ冗談だ。科学者なりのジョークだやめろその拳を下ろしておくれ頼むごめんなさい」
あわわとしているアルトに抑えられて、抵抗せずに諦める俺。流石にそんな酷い嘘をつかれたら俺でも傷つく。それぐらいは分かってほしんだよな。
「ゴホン」
間をとるために咳払いをした後、再び朝倉は続ける。
「君たちが良いのであれば、明後日には出発しよう。研究所は言わば船。長い時空の航海になる。そして、その果てにある、因果の繋がる別の世界を目指すのだ!!」
明後日……なんでだ。今日出発することはできないのか。
疑問を巡らせる内に、何故か、朝倉が背を向ける。
「ああ、明日は俺……いや、私がケリを付けたいことがあるんだ」
『ケリ……?』(一同)
聞かずとも自然と答えをくれた朝倉。だが、しかし、ケリって一体なんだ。朝倉はこの世界にどんな未練を残していたんだろう。一同、同じことを思ったようで、音が3つ、重なり合う。
―少しだけ、時間をくれ―
そう言ってすぐ、物騒なでかいアタッシュケースを持って、研究所を出ていった。
表情を一切見せないで。そして、もう片方の拳を力強く、握りしめてな……。
俺ら三人はリビングで待機して、テレビを付けてしばらく待機していた。
「そういや、メイ。お前さっきっから全く喋らないよな」
ずっと気になっていたことを打ち明けてみた。俺はメイの事情を良く知らない。アルトリアは知っているような素振りを見せるが、無理やり聞く気にはなれなかった。そこまでして聞くなら、タイミングを見計らって、本人から直接聞いた方がいいんじゃないかって思ったんだ。でもアルトリアはとなりで首を横に振っている。聞いてはならない何かがあるのか。
「……そう、ですかね。」
「ああ、どう考えても違う。おかしい」
目は潤んでいる。流石に聞くのはマズかったのだろうか。
「…………もうすぐ、私は私じゃなくなるんです」
「は?」
拍子抜けした。何を言っているんだこの子は。
「これだけじゃ分かりませんよね……でもごめんなさい。お話することは、まだ、出来ません……」
なるほど、メイにも何かしらの秘密があるんだな。
「無理はしなくていい。お前はこれまで強く生きてきたんだ。苦しくても、決して命を落とさねぇでここまで来たんだ。それは誇れることだろうよ? それだけで十分なんじゃないか。他人事みたいでなんか悪いけどさ……」
黙って頷くメイ。
「……あなたって、意外に優しいんですね」
「ははん、俺を単なる悪人だとでも思ったか?」
「ええ。でも、必死に私を励ましてくれる気持ち……それがとても伝わってきました。お蔭で少しだけ、気分が晴れたかもしれません」
「『かも』なんだな」
「そうです。『かも』ですよ」
彼女がクスリと笑うと、俺もつられて笑った。なんだか、不思議な感じがした。ここまで話すと、アルトリアも安心したのか、気付いたら笑い出していた。
しかしそのわずか一瞬後には、既に表情が凍り付いているアルトリア。
「ぁ、あああ……う、ええ……!?」
震えながらテレビの画面を指さす。一体何があったんだ。俺とメイは画面を見つめる。
映っていたのは、白衣の上に武器弾薬その他諸々非常なまでに武装をした人物。その人物はよく見ると……。
紛れもない、「朝倉 智哉」であった。
「一体……何をしてるんだ!?」
周りには軍隊のような連中が数えきれない程に居る。いくらなんでも異常な光景だ。
「ば、バクダンを投げてますっ!!」
俺らに見せたこともない、憎しみの籠った表情をしている。その爆弾は、建物の中に入り、そして大規模な爆発を引き起こした。
武装集団が一斉に、朝倉に対して銃撃を加えた。
「発砲をまともに受けたのに、ビクともしていないみたいですね……」
服の一部が擦れる程度で、それ以外の傷なんて一つも出来ていない。
朝倉……お前は一体……。
「あれ、おかしいのです。朝倉さんが、消えてしまったのですっ」
「消えた!? んなことあるわけないだろう……」
画面を見て目を疑った。本当に、その姿がどこにも見られなかった。
周りの武装集団も困惑していた。どこへ行った。探せ、探せ! と声が漏れていく。
そして間髪入れず突然、ブツンとテレビ画面は消えてしまう。
「どうだい、私の作った実写的アニメーションは」
先ほどまで全く違う所に居たはずの朝倉が、突如玄関口から現れた。
「え、あ、朝倉さん!? こ、こ、これはどどどういうことれす!?」
アルトリアはあまりに衝撃の連続が起きたため、ショックで呂律が回らなくなってきている。メイに至っては言葉が出なくなってしまっている。
「今言っただろう。これはアニメーションだよ。ちょっとビックリさせたくなってねぇ」
「は?」
「え……」
「えぎッ」
また拍子抜けした。アルトは舌噛んだ。
「え、じゃあなんだよ。これも科学者なりのジョークか?」
「ははは、まあそういうことになるねえ申し訳ないけどというかその右手のナイフはどこからとってきたのかなまさかそれをプスリとしちゃうつもごめんなさい」
俺は左手で殴った。
「さ、流石に、殴られても、文句は言えないのです……朝倉さん……」
「今回のは流石に懲りてください」
二人からも重たいお叱りの言葉が彼に浴びせられた。
「すまないっ、本当にすまないぃっ!」
朝倉は必死で謝り続けていた。
「では、もうこの世界でやるべきこと、全部終わったのですね……」
「そうなりますね」
二人は賑やかに話し合っていた。
「これで一件落着なのです!!」
明日出発だと張り切るアルトリア。メイも朝倉も、明日に備えて支度でもしておきなさいと言い、今日は全員自室に戻ることとなった。メイに関しては、リビングで寝ることになった。
自室に戻った俺は、一人物思いにふけっていた。
「…………。」
俺は殴ったときに気づいてしまった。
先ほどの映像にあった、銃弾が擦れたシーン。
そこで命中したのと同じ位置に……。
……全く同じ、焦げ跡があったということに。
気のせいか……?
だとしたら、あれは撮影をしたがゆえについた跡なのか?
いや、それにしては新しい。
あれが事実だとしたら、朝倉は何故あんなことをしたんだ。
過去にいったい何があったというんだ。
その日一日考え続けた。
しかし、グルグルと巡り巡る思考はまとまることはなかった。
翌日朝倉の白衣を見てみると、跡は何事も無かったかのように消え去っていた。彼は白衣を一着しか持っていないはずだ。俺がこっそり確認したことがある。先日の跡は、俺の見間違いだったということが判明したのだった。
その後からは疑問も消えたため、スッキリとしていた。
その日は全員研究所内で、心を落ち着けていた。
時折外への扉が何度か開いたが、何だったのだろう。誰かが出て行った訳では無かったようだが……。
まあ気にする必要もねえか。
「よし、では諸君、行くぞ!!」
「おー!! なのです!!」
そして更に翌日、ついに出発。
俺たちは別世界で、俺は新しい幸せを勝ち取るんだ。
「……こいつらと一緒にな」
「うん? 何か言ったかい」
「いや、何にも」
こいつらが、俺の拠り所。最高の仲間たちなんだ。
それをもっと誇りに思える日が来ることを、心から祈ってる。




