その6 感知外、なのですっ!!
早速、廊下に立てかけられた刺又をリビングまで持ってきました。この刺又自体はそこまで重いものではありませんでしたが、これを思いっきりぶつけようものなら、多少の壁ならば壊せてしまうような……そんな気がしました。あくまで、気持ち……なのです。
「さあ、いつでも来るがいいのです、泥棒さん!!」
寂しい思いを耐えに耐え、それを勇気に変えて立ち向かいます。絶対に捕まえるのです。
刺又は滑らかなY字型を輝かせていて、「誰を仕留められるんだ?」と獲物を求めているように映りました。なんというか、自分には無い、心の刃のような何かを持っているようで、この刺又に、僕は惚れ惚れとしていたのです。この不思議な感情が恋だと知ったのは、大分先のことです。
僕は刺又を片手で振ってみたり、剣を構えるようなポーズをとってみたりして、ちょっと呑気になってみたりしていました。それだけ大がかりなことをしても問題がないほどに、一つ一つのお部屋が広いのですから本当に凄いのです。
「君、すごいですね! とっても振りやすいのです」
褒めると少しだけ、材質が柔らかくなったように感じました。
そして刺又と一緒に遊んでいて、待つこと数時間が経過しました。
「……来ないのです」
カチ……カチと進む時計の秒針。既に短針は「8」を示していて、外は暗く、物の見辛い環境になっていました。夜虫さんたちは既に合唱を始めていて、心地よい音色を奏でていました。
「自然のオーケストラ、なのです」
いつ来るのかも分からない泥棒さんのことをずっと、真剣に意識していたこともあり、僕は少し疲れてしまっていたようです。そんな時に聞こえてきたこの音色は、僕にとっては一つの、癒しのようなものになっていました。窓の近くに移動し、そして開きました。
奏でられる楽曲は、聴けば聴くほど惹きこまれて……。気づけば僕は、その大自然に身と心を任せていたのです。
しかし、よーく聞くと、その音の中に、明らかに違う音が混じっていたのです。不自然でした。それが何の音なのか、初めは全く理解ができませんでした。は単なる気のせいかもしれないからと、しばらくはじっくり聴感を続けました。
ザッ……ザッ……
良く聞くと、それが足音であるということに気が付きました。
「(ついに来たんだ。泥棒さんっ)」
息が詰まりました。先ほどまで聞こえていた合唱も、全く聞き取れないほどに、苦しかったと思います。
ザッ……ザッ……
先ほどまであった強い気持ちはどこへやら、鼓動はバクバクとして、落ち着きが無くなってしまったのです。
「(ええい、がんばれ、がんばるのですアルトリアっ!! ここで頑張らなかったら、オトコの名前がすたるのです!!)」
ぶるぶると震える自分の全身を抑えようと必死になっているその姿は、傍から言わせれば「産まれたばかりの小鹿のようだ」と答えるに違いありません。そんな腰が抜けたような姿の僕でしたが、なんとかサスマタを右手に持ち、剣の構えをすることができました。
ザッ……ザッ……
「(さ、さあ……! いつでも入ってきていいのですよっ)」
……しかし、それからというもの、足音が聞こえなくなりました。
その聞こえなくなった場所は……。玄関口。泥棒さんは間違いなくそこに居る。そう確信しました。
「(せ、先手をうって、必ず、つか、捕まえるのですっ)」
そろり、そろり……。
僕はそっと、玄関口に近づきました。
当時の僕はのぞき穴なんて知りませんでしたから、確認なんてとりませんでした。ただ、耳を扉に当てて、物音がするのを感じ取り、向かいにいるであろうと再確認をしたのです。
そして僕は刺又を構え、振りかぶったまま扉を開きました。
「か、覚悟するのです泥棒さあああああああ」
「えっ……きゃああああーーーーーーー!!!」
「えっ!?」
僕は違和感を感じて相手を緊急回避し、当たらないように着地しました。自分でもよく動くことができたと感心するほどの動きだったと思います。
それよりも、相手に対する違和感とはいったい何だったのでしょう。それは、相手がどうやら、女性であったために起こったのです。どう見ても盗みのような悪事を働きそうにないような、そんな瞳をしていたのを、僕は見逃さなかったのです。
「はぁ……はぁ……ごめんなさい、お姉さん……」
「あ、い、いいえっ、いいですよそんな」
僕は「泥棒」ではなく、「オキャクサマ」であったらしいお姉さんをお家に招き入れ、リビングにある、僕のお気に入りのソファに座っていただくことにしました。
僕が向かいのソファ(勿論形は悪い)に座ると、お姉さんがこのような研究所に訪れた理由をお話してくださったのです。




