その2 忘れごと
「ルイ、ルーイー!」
耳元で大きく放たれる声によって、僕は現実へと引き戻される。
「聞こえてるか、遅刻だぞ!」
「……うぅぅぅ、もう少し、もう少し……」
「ダーメーだ。お前はいっつもいつも」
体をゆさゆさと揺すられる。余韻に浸れるぐらい、心地良い。
「だって……今日、日曜だよ」
「違うよ月曜だよ。月曜は学校の日だぞ!」
僕はハッと我に返る。そうだ。日曜は昨日たっぷりと味わったではないか。
目を開いて、声の主のもとを向く。
そして見えるのは、赤髪で赤目の少女……の面持ちをした、大切な居候。
「お、おはよう」
「『おはよう』じゃないだろ……全く……」
ジト目だ。
この赤髪の名前は「ベガ」という。数ヶ月前からこの家に居候をすることになった、ちょっと変わった子だ。変わっているといっても、それは性格のことではない。
「い、今何時?」
「八時半。とっくにホームルームは終わってるぞ」
ベガが時計を指さす。僕は思わず「うわあ」と声に出してしまう。
「今更急いだって仕方がないし、落ち着いて支度するんだぞ」
「……いつもごめんよ」
対する返事は「いや、いいんだ」であったが、笑顔でなく、呆れの表情をしている。
「オイラはすぐに行けるからいいよ。でもルイ……お前、これで何回目なんだよ」
数えたことなんてなかった。仮に数えても多分、十本の指には収まらないだろうけどね。
「起こしたことだし、先に行ってるぞ」
そう言うとベガは、玄関に向かって行った。
しばらくして、猛烈な風が、窓ガラスを揺らしていく。
さて、一方僕はリビングへと向かい、テレビの電源を点ける。
その時間は朝のニュースをやっているみたいだ。、キャスターとセットで、画面の下部にニュースのトピックが表示されている。
「へえ、『不審者情報、相次ぐ』ね」
物騒な世の中だなぁ。
女子学生を狙った悪質な犯罪も多いことだし、気をつけなければならない。
僕も、ベガ程の少女顔ではないが、発達途上であることや、顔の中性っぷりから、よく女子と間違えられてしまう。そのためか何なのか、父親いわく誘拐されかねないらしい。勘弁してほしい話だけれど、やっぱり外を歩くときは気を配らないとね。
『市内において、不審火も増えているとのことで――』
……おっと、急がないとだった。
とりあえず食事だ。キッチンへ行き、コンロに火をつけ、昨日の余った玉子スープを温める。大好きな味であるため、速く飲みたい衝動に駆られる。
「た~ま~ご~~♪ た~ま~ご~~みんな大好き~♪ アレルギーにはなりたくない~♪」
早く飲みたい欲求のあまり、気持ちが高ぶってしまったようだ。自然に歌声が室内に広がる。
「た~ま~……あっ」
ふと、教科書、筆記具等、本日必要な教材の準備ををすっかり忘れていることに気が付く。スープを飲みたいのはやまやまだけれど、遅刻と忘れ物の2コンボはあまりに痛い。
落ち着いて支度をしろとベガには言われたものの、やはり遅れ過ぎるのは担任にも迷惑をかけてしまうことだろう。できる限りは急がねば。
スープを飲みたい気持ちをグッと堪えて、僕は支度をするため、階段を上る。