その1 「わかげのいたり」、らしいです。
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僕がこの研究所に運ばれて、一週間ほど経過したでしょうか。この頃には、朝倉さんによる懸命な治療があって、そして、美味しいお料理を食べさせてくださったお陰で、身体はとても良くなっていました。とっても嬉しかったですし、この日、感謝の気持ちでいっぱいだったのです。
僕はスッと目を覚まし、いかにも研究所らしいその色合いの天井を、再び目の当たりにしました。再びと言っても、これはもう幾度目も判らない、再び、でした。
僕はまず、自分の手のひらを見ました。なんてことない、普通の手でした。これを握ってみて、痛みが無くなっていたのがつい三日前です。
今度は意を決して、挑戦的な気持ちで、身体を起こしてみました。もう、一週間前のような激痛もありません。ただ、患者さんが着るであろうその衣服—名前は知らないのです—に、ほんの僅かだけ違和感を覚えました。
今度はその服をたくし上げ、手足の傷を見てみますが、既に塞がっているか、もしくは剥がれかけの弱々しい瘡蓋が、僕を必死に守っているかのどちらかとなっていました。
「ありがとう、なのです」
僕はこの嬉しい気持ちを言葉にしつつ、今度は立ち上がってみることにしました。
下を覗き込んでみると、左側にスリッパが一足、僕を待っていたかのように、向きを揃えて置いてありました。きっと朝倉さんが用意してくださったのでしょう。本当に気配りの素晴らしい方……なのです。
このスリッパをベッドに座りながら履くと、少しだけ躊躇しました。ですが、ついに意を決して、そっと立ち上がってみたのです。
……痛みは、ありませんでした。
まさか痛みが全く無いとは思わず、感動するどころか、むしろ驚きすぎて、拍子が抜けてしまったと思います。
そして、そのワンテンポを置いたのちに現れた喜びは、何物にも代え難いものだったと思います。あまりの嬉しさに、心も身体もぴょん、ぴょんと飛び上がっていたと思います。
「えへへ」
僕はそのまま駆け足で部屋を出ると、今までにない、大きな声で、朝倉さんを呼びました。
「朝倉さん、あーさーくーらーさーーん!」
言ってわずか数秒。彼が来るのを待ちきれなかった僕は、すぐ下の見える吹き抜けを見つけました。自分の居た部屋が二階であることをちょっとだけ驚きつつ、下を覗き込んでみました。
見ると、朝倉さんもこちらを見られていたようで、片手で研究途中の試験管をお持ちになりながら、もう片方のお手をこちらに向け、笑顔でグッと親指をあげられました。
そして試験管を立て器具に入れ置くと、「降りてこい」と仰るような手招きをなさいました。
そして僕は、何を思ったのか分かりませんが、ウキウキで吹き抜け手前に乗り上げました。
朝倉さんは不思議そうなお顔をしてました。
「今そちらにむかいまーす!!」
手を挙げながら申し上げると、朝倉さんは「えっ」とびっくりなさってました。ですが当時、このびっくりの意味すらろくに理解できませんでしたので、気にも止めていませんでした。
そして僕は、何をトチ狂ったのか、乗り上げた凸面から思いっきりジャンプを行おうとしたのです……が。
「あっ……」
しかしなんと、この瞬間、足を滑らせてしまったのです。不運なことに、頭から落ちていってしまいました。
そんな時、すぐに迅速な対応をしてくださり、助けてくださったのは、朝倉さんでした。
「間に合えっ、水球!!」
彼がポケットから取り出した、小さな固形の物質。これは僕の方に投げつけると、直ぐに膨れ上がり、僕の身体を包み込んでいきました。形はまさに、球体です。そして、包まれた瞬間にどういうわけか、落下速度がゆったりとしたものになりました。
ふわふわ、と表現するのが正しいのでしょうか。そうして漂っている間に、気づいたら床と水球が接していました。「ポチュン」と音がして、球体から出ることができたのは、このすぐ後のことでした。
事後、すぐに朝倉さんの所に駆け寄りました。
「あの……その……。ごめんなさい、なのです」
ご迷惑をおかけしてしまったのですから、まずは謝るべきだと思ったのです。自分にとっても、相手にとっても悪い行いでしかなかったのですから。
でも、朝倉さんは笑顔で言いました。
「若気の至りというやつだね。でも、無事ならばそれでいいさ」
先日のように、僕の肩にその暖かいお手をポンと置き、優しく受け入れてくださいました。
……そのほわほわとした暖かさによって、僕の中で何かが弾けてしまいました。それは自分の記憶にもない、何か、でした。
「……う…う、………ふぇ……」
……何故泣いているのか、自分にすら、判りませんでした。
「おやおや、どうしたんだい」
「……う、あぅ……あ、さ……ひっぐ……」
濡れてしまった僕の身体なのに、御構い無しに抱き締めてくださいました。
冷たく濡れた服に、暖かな体温が、じわぁっ……と伝わって……。
「さあ、今は、好きなだけ泣きなさい。アルト……」
その言葉で、耐えていた気持ちがもっと、もっともっと、溢れ出てしまいました。
「あ…はぁぁ…あざ、あさ………くっ…ら…ンン……さ……ン……えぅ……あっ」
——護ってくれて、ありがとう。
「あああああああああああああああああああああん!!!!!!!」
何故か、全てが救われたと、そう感じさせたのでした。




