EP 目覚めは夢へと進みゆく
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……ふと気がついたら、僕は見知らぬ場所にいました。
優しい鉄色の部屋に、様々な器具が置かれていたと思います。
この時、自分がどうしてこんな所にいるのか、どうして眠っていたのかも、判らなかった……覚えていなかったのです。
「……い、痛いっ」
試しに身体を動かしてみましたが、痛みで動かすことができませんでした。
でも、おかげで声が出せるということは分かりました。「声が出せるのならば、誰かを呼べば良い。」僕にとって、それが都合が良さそうだと、まず考えました。
……が、瞬時に気持ちは変わりました。「もし僕が、ここに囚われの身となっているとしたら。」それを考えると、安易に声を出す訳にはいかないとも思ったのです。
暫くの間、判断に迷いましたが、わずかに動く首を使い、自分の身体を見て、意思は一方に動きました。
「包帯だ……」
そう、手当がされていたのです。傷があるであろう場所には全て、薬が塗付されていたり、テーピングが施されていたのです。
世に言う「悪心」を持つ者が、このように護ってくださるはずがないと、そう考えたのです。
相手は信頼できる人だ。僕はそう確信しました。
「誰か、誰かいらっしゃいますか?」
そうと分かれば話は早いのです。意識するよりも直ぐに、声が出てしまいました。(恥ずかしながら……。)
一呼吸置いた辺りで、部屋の扉が開く音がしました。
「目覚めたかい?」
部屋の隅から、優しい声で、問われました。ああ、間違いない、自分は助けられたのです!
「……貴方が、助けてくださったんですね?」
ただただ、嬉しかったのです。見ず知らずの輩を、わざわざ看護してくださるなんて。
「——ってみよ……助ける? まさかぁ」
「……へ?」
「今から君を、くまなく調べようとしているんだよー?」
意味が解らず、部屋を見回し仰天しました。
この部屋、解剖室じゃないですか。
絶望の淵に叩き落とされた感覚でした。
「嫌あああああやめてくださっあ、僕は食べても美味しくないのですっ!! 確かに髪は緑ですけど、お野菜みたいに健康的になれませんからぁぁああああ」
必死に命乞いをしていたと思います。涙まで流していたかもしれません。今思えば、とても馬鹿げていることですが……。
「嘘だよ嘘!! ごめん、ごめんって!」
「いやあああああああああああ」
「暴れるなっっあーばーれーるーなー!!!」
必死に抑えられました。僕よりも、少しだけ小さな手で。
がむしゃらに身体を動かせたのは、命の危機を感じていたから、なのかもしれません。
「嘘」という言葉を信じるのにも、少し時間がかかりました。なんせ、一瞬前に裏切られたばかりなのですから、当然です。
「……嘘、なのですか?」
「ああ、すまんね、部屋の空きがなかっただけなんだ」
「……嘘は、嫌いなのです」
涙目で、じっとその白衣の男……いや、少年を睨みつけました。そしておや、気づいてしまいました。少年は、僕よりも背丈が低かったのです。正直、驚きました。そしてそれと同時に、恥ずかしさもふつふつと、身体全体に沸きあがってました。
「君については気になることが沢山ある。だが、今は傷だらけだ。事実、動くこともままならないだろう? 今はゆっくり休んでいなさい。ここに居れば、安心だ」
護っていてくださったのは、事実のようです。でも、一体何から……。僕に傷を負わせた、「加害者」がどこかに居る。そういうことなのでしょうか。
……全く思い出せませんでした。
「あの……」
「——なのだろ……ん、どうしたんだい」
「何か、知っているのでしょうか」
対して小さな研究者さんは、複雑そうな顔をしてしまいました。何かお気に障ることを申していないか、ちょっぴり不安になってしまいました。
「私は何も知らないんだがね」
話を聞くと、研究者さんは、僕が空から降ってきた時、身体中に怪我があったから手当てをしただけだと仰ったのです。
「逆に、君は何も覚えていないのかい」
彼に問いかけられて、思い返してみました。
この時、住所やお仕事などの身分を明らかにできることが、名前以外に全く思い出せなかったのです。あまりに不可思議なことでした。とても戸惑いました……。
「名前ぐらいしか……」
そう言って落胆していた時です。研究者さんは、僕の肩に手をポンと置きました。一瞬ズキリと痛みましたが、それよりも、研究者さんの手平から伝わってくる体温が、僕の心を安らげてくださったのを、良く覚えています。
「名前を覚えているんだろう? それ以上に幸せなことはないだろう」
彼は、とても優しい笑顔でした。その笑顔を見ていると、とても気持ちが和らいだのです。落ち着くというよりも、全てが救われたような気持ちにすら、なりました。
「私はこの施設で研究をしている『朝倉 智哉』だ。 ……君は、何という名前なのかな?」
この名前に、心の奥底で何かが引っかかったような気がしました。でも、何も思い出すことはできませんでした。
「僕は……アルトリア、なのです」
「……そうか、しっかり言えるんだね。 ……自分の名前は大切にしなさい、アルト」
いきなり、あだ名を付けてもらえたのです。ちょっと嬉しい……。
「さあ、心も落ち着かんだろう。今日はゆっくり休みなさい。後で軽いものではあるが、食事を持ってこよう」
「はい」と応えると、朝倉さんは出口へと向かって行きました。
「あのっ」
「……お、どうしたんだい」
「……えっと、ありがとうございます、なのです」
「礼儀正しいねぇ。礼には及ばんよ。私は私にとっての善を貫くだけなのだから」
そう言うと、お部屋をあとにしました。
僕は、この優しいお言葉で、朝倉さんがとても素晴らしいお方だと感じたのです。
小さなお身体なのに、とても寛大な心を持たれている。その不思議なギャップのような何かに、僕は魅了されていました。
「……何か、お手伝いをしたいのです」
ポツリと小さな声で呟きました。自分には、出来ることは少ないかもしれない。でも、何か力になることができれば嬉しいと、思ったのです。
でも、今は、眠るのです。身体を休めて、一日でも早く、治すのです。
お手伝いが出来る日が来るのを信じて、僕は目を閉じました。




